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06月28日 23:00 今夜は最終回!ルーサー特集
4月からお送りして参りました3ヶ月限定番組
「UNTITLED…for music lover’s only」、
本日をもちまして最終回となります。
3ヶ月間、ご愛聴頂きまして、誠に有り難うございます。
通常、この手の番組(ノンDJ、曲オンリー)は、
「録音」が当たり前ですが、あえて生放送。
(単に録音作業が面倒だったという噂もあり)
“じみー”にお届けしておりました。
“好きな曲を好きに掛けて良し!”という、夢の様な
デトックス番組(私に取ってね)振り返れば本当に
好きな曲しか掛かってませんが、これらは小指の
爪っぽっち、ほんのほんの一部・・・。
ということで、本日は2005年の7月1日に惜しくも
この世を去ったルーサー・ヴァンドロスに捧げる1時間。
「1時間じゃ足りねー」
と、軽く愚痴ったところで、今日のこのブログを
書くにあたり、インターネットで「ルーサー・ヴァンドロス」
「命日」と打ち込んだところ、ヤフーの検索画面トップには、
私が担当しているノースで一番長い番組だけど、一番曲が
掛からない「ステーション・ドライブ・サタデー」のブログが!
「どんだけルーサーの事、書いてんねんっ!」と、
自分で突っ込みを入れつつ、バイオも含め、
書かせて頂きます。今日は長くなりそう。
ま、最後っつーことで、お付き合い下さいまし。
ルーサーの曲を年代順で綴るか、曲の雰囲気で
繋いでいくか、それとも!2003年にリリースされた
レディオシティー・ミュージックホールでの素晴らしい
ライブを延々流そうかとも考えたが・・・それじゃあねえ、
プロとしてどーよ?と、今から悩んでます。
(只今、6月28日(木)深夜1時28分)
Luther Ronzoni Vandross…
1951年、ニューヨークはマンハッタンの出身。
父親はビッグバンドのシンガー、母親はゴスペルシンガー、
そしてルーサーの姉パトリシアも「Crests」というボーカル・
グループに所属。そんな音楽一家に産まれた彼が、
シンガーを志したのは至極当たり前の事。
1956年にリリースされた「Crests」のナンバー、
「SWEETEST ONE」には、若干5歳のルーサーの声が!!
いわば、これが彼に取っての初レコーディング作。
3歳でピアノを習い始め、13歳の時にシンガーとして
歩む事を決意。高校生の時にはボーカル・グループ
「LISTEN MY BROTHER」の一員として、アポロシアターの
ステージに立ち、当時、一早くルーサーの才能を見抜いた
御大クインシーの1969年リリースのクリスマス・アルバムに
参加。高校卒業後、ミシガン大学へと進学。しかし、
プロとして歩むべく1年で自主退学。
チャンスが訪れたのは1974年の事。
ルーサーの歌声を気に入ったデビッド・ボウイがルーサーに
アルバム「YOUNG AMERICAN」のボーカル・アレンジと
バックボーカルを依頼。ボウイとの仕事を機に、70年代は主に、
バック・ボーカリスト、セッション・シンガー、ソングライター、
アレンジャー、プロデューサーとして活躍。
随分昔、「NIGHT SHIP825」というジャズの番組を
担当していた頃、マーカスへインタビューをする機会があり、
ルーサーの事を伺った際、「言うまでもないけど、ルーサーの
声は美しいよね。歌のうまい、素晴らしい声を持つシンガーは
沢山いるけれど、僕が過去、一緒に仕事をしてきた
ミュージシャン達、マイルスやロバータ、そしてルーサーは、
聴いている人と気持ちを通わす事が出来る。心のどこを
刺激すれば良いのかを把握している。
それはもう神が特別な人間にだけ与えしもの。
中でもルーサーはその名人なんだ。だからこそ一流の
ミュージシャンであれば、一度は彼と仕事がしたくなる。
70年代に彼が多くのミュージシャンのバックを務めたのも、
彼がミュージシャンズ・ミュージシャンである事の証明だよね。
本物のミュージシャンであれば、一度は彼と仕事をしてみたいと
思うはずだから。言い換えれば、ルーサーからそのテクニックを
盗もうと思うのかも。部分を僕は一度といわず(笑)、
これからも機会があればルーサーとは仕事がしたい。
マイルスは・・・残念ながら、もういないけどね。」と、
話して頂いた。
何でもマーカスはロバータとルーサーを引き合わす為に、
ルーサーには内緒で彼がバックとして出演していた
ライブハウスに、こっそりとロバータを連れて行ったんだとか。
(マーカス談)
公私に渡ってルーサーの良き友だったマーカス・ミラー。
マーカスの2005年リリースのDVD「MASTER OF ALL
TRADE」には、ルーサーの貴重なインタビューも収められて
いるので、機会があれば、是非こちらもどーぞ。

ラジオやテレビのCMソング、ラジオ局のジングルなども
手掛け、セッションシンガーとして活躍した70年代、
ようやくレコード会社と契約。1976年にルーサー含め、
男性2人女性3人のグループ「LUTHER」としてアルバム・
デビュー。翌77年には「THIS CLOSE TO YOU」という
アルバムをリリースするも、セールス的にはパッとせず。
(個人的には2枚目の「THIS CLOSE TO YOU」は、
かなり良いアルバムだと思うのだが・・・。)


上記2枚はいずれもCD化されてないので、アナログを
お持ちの方は大事に。1980年には「CHANGE」、
「GREGG DIAMOND BIONIC BOOGIE」というグループに
ボーカリストとして参加。「CHANGE」時代に放ったヒットが、
「GLOW OF LOVE」と「SERCHIN」、そしてGREGG DIAMOND
時代の名唱が「HOT BUTERFLY」。この曲が収められている
GREGG DIAMOND…のアルバム「HOT BUTTERFLY」は、
2005年に世界初CD化!(パチパチパチパチ)
セッション・シンガー期のマスターピースと誉れ高い1枚。
そして・・・1981年、ソロシンガーとして、
R&Bチャート1位、プラチナ・アルバムを記録する大ヒットと
なったのが、「NEVER TOO MUCH」。そんなヒットを放ち
ながらも、しばらくはKFC(ケンタッキーフライドチキンね)の
CMソングや、NBC、ABCといったテレビ局のキャンペーン・
ジングルを作成していたり、アレサの「JUMP TO IT」の
プロデュースなどを手掛けたルーサー。30歳を過ぎ、
ようやくソロとしてスポットを浴びる事となったルーサー、
以後、アルバムはそのどれもが100万枚を越すヒットを記録、
グレゴリー・ハインズやホイットニー、エルトン・ジョン、
ディオンヌのプロデュースやコラボを披露。ちなみに彼が
13歳の時、プロの道を目指すきっかけともなったのが、
ディオンヌの「ANYONE WHO HAD A HEART」という1曲。
ディオンヌとのレコーディング時、ルーサーの胸に
去来したものは、どんな事だったんでしょうか?
90年代にもそのパワーは衰えず・・・
ジャネット、マライヤとのデュオを披露。そんなルーサーが
一番頼りにし、揺るぎない信頼を寄せていたミュージシャンが、
先のマーカス・ミラーをはじめ、ナット・アダレイ、
そしてレコーディング・エンジニアのバーダーニ。この3人は
ルーサーのアルバムに無くてはならない存在。
ナットは後にインタビューで「音楽業界がどこに向って
いるのかは分からない。だけど純粋に “歌” について語るなら、
ルーサーは模範であり、先駆者であり、次の世代の手本と
なるべきシンガーだろう。ルーサーのお陰で未来の
アーティスト達はきっと苦労するね。なぜなら、彼のせいで
“プロフェッショナルである事“ の基準が上がってしまった。
歌のうまいシンガーであったとしても、
『上手だね、でもルーサー・ヴァンドロスではないねと、
言われてしまうに違いない。』
このナットの言葉は、「アメリカン・アイドル」を欠かさず観る
1人として、サイモンの批評内容同様、
ものすごーく理解出来ます。
ジャンルを問わず、多くのミュージシャン達の目標であり、
影響を与え続けて来たルーサー、2003年、2月14日に
ニューヨークのレディオシティー・ミュージックホールで
素晴らしいバレンタイン・コンサートを披露。
(このライブアルバムは本当に素晴らしい!!!!!)
その数ヶ月後には「DANCE WITH MY FATHER」という
アルバムのリリースを控え、2000年代、また新たなR&Bの
幕開けを告げた矢先、4月に脳梗塞で倒れ、一時は回復傾向
にもあったものの、多くのファンやミュージシャン仲間達の
祈りもむなしく、2年間の闘病生活の末、
2005年7月1日に息を引き取ったルーサー・・・
アレサ・フランクリンは毎日の様に病院のルーサーを見舞い、
彼の耳元で歌を歌い、ニューヨーク・ハーレムの教会で
24時間、回復を祈るミサを執り行ったそう。「ルーサー逝く」の
報を受け、全米のR&Bラジオ局は、1日中ルーサーの曲を流し、
偉大なこのシンガーに追悼の意を表明。葬儀にはクインシー、
マーカスー、ロバータ、アレサ、スティービー等、そうそうたる
メンバーが列席し、スティービーは式後のインタビューで、
「彼と友達でいられた事ほど、僕に取って名誉な事はない。」と。
2004年のグラミー賞授賞式では、式典に参加する事こそ
出来なかったものの、「SONG OF THE YEAR」受賞の喜びを
病室から寄せ、車椅子姿ではあったものの、回復ぶりを
示してくれた。その姿に誰もがまた、どんなに時間が掛かろうが、
もう一度ステージ上で歌ってくれるルーサーを期待したか・・・。
しかし、これが公の場にルーサーが姿を見せた最後。
ONE AND ONLY・・・ナット・アダレイの言葉ではないけれど、
彼以上のシンガーは、もう出て来ないと思う今日この頃。
以上ざっと、本当に軽くルーサーの経歴に触れたところで、
最後の「解説しよう!」のお時間でございますっ。
マジ、1時間じゃ足りない足りない。今日は最終回なんで、
ジャケ写のピクセル上げてみました。
1、 NEVER TOO MUCH(LIVE)

2003年リリースのニューヨークはレディシティー・
ミュージックホールでバレンタインデーに行われたライブより、

ライブのオープニングを飾ったナンバーを。これが生前最後の
ライブとなってしまいました。あ〜、素晴らしい。
このライブ観たかったなぁ・・・
未だDVD化されないところをみると、映像は抑えて
なかったんでしょうね、残念!!ルーサーは一度も
来日することなく、逝ってしまいました。弊社取締役T氏は
「俺はニューヨークでルーサーのライブ観たもんねー。」と
私に自慢。軽い殺意を覚えました。バイオでも触れましたが、
1981年リリースの記念すべきソロヒット作のタイトルトラック。
2、 SHINE

ルーサーの死後、2006年にリリースされたベストアルバム
「ULTIMATE LUTHER VANDROSS」からの新曲として
リリースされたナンバー。遺作となってしまったアルバム
「DANCE WITH MY FATHRE」に収録が予定されていたけど
お蔵入りとなってしまったか、次回作に収録予定だったのかは
定かではありませんが、残されていたマスターテープをもとに、
とにかく新曲としてリリース。この曲のビデオクリップも
あるので、生前にリリースが予定されていたのは
間違いないでしょう。バックコーラスとしてCHICにも
参加していたルーサー、「SHINE」のバックトラックは、
そのCHIC の「MY FORBIDDEN LOVER」。ノースウェーブでは
ステドラとDJナオミのストリート・フレイバーでせっせと
オンエアー。本国アメリカよりもイチ早く、
サッポロHOT100にチャートイン。
さて、このアルバムですが、輸入盤は2枚組。
ボーナスCDには7曲ものリミックス付き、日本盤は
ボーナスCDなし。
3、 THE GLOW OF LOVE/CHANGE

70年代、イタリア人プロデューサー/ジャック・フレッド・
ペトラス率いるバンド/CHANGEにもルーサーは一時在籍。
一番のヒットはやはりルーサー在籍時に放った80年の
アルバム「THE GLOW OF LOVE」。このアルバムからは
このタイトルトラック「GLOW OF LOVE」と、
「SERCHING」がヒット。ルーサー脱退後、84年に
ジャム&ルイスのプロデュースで巻き返しを図るも、
バンドは自然消滅。89年に「COLLECTION」という
ベスト盤がリリースされています。
4、HOT BUTTERFLY/GREGG DIAMOND BIONIC BOOGIE

『今夜この曲は編成局長の「次長」に捧げましょう。』
70年代、セッション&バック・シンガーとして活躍していた
ルーサーが、メインボーカリストとしてグループに参加。
フリーソウルのコンピなどでこの曲だけは聴く事が出来ましたが、
なんと2005年にブルース・インターアクションより、
アルバムが世界初CD化されております。エラいぞ!
ブルース・インターアクション。
※ 前半3曲はアッパー・ルーサー〜CMへ。
CMあけはこの曲からスタート。
5、I’D RATHER(LIVE)

1曲目と同じく2003年のライブより。
“I’d rather have bad times with you,
『C’mon』 than good times with someone else”
もしもオーディエンスの1人だったなら・・・間違いなく、
おばちゃんも歌ってます、『C’mon』の後を。
今もこのライブを聞く時は歌います。「I’D RATHER」は
アメリカ音楽界の重鎮/クライブ・デイビスが新たに
設立したレーベルJ-RECORDSに第1弾アーティストとして
ルーサーが迎えられ、移籍後初のアルバムとして
リリースされたアルバム「LUTHER VANDROSS」からの
ナンバー。アルバムタイトルに自身の名前を冠にするなど、
クライブとルーサーとのパートナーシップが見事に合致。
レーベルの今後を左右する第一弾にルーサーを迎えたのも、
ルーサーなら間違いなく素晴らしいアルバムを作ってくれると
確信すればこそ。その期待に答え、ルーサーは素晴らしい
アルバムをクライブにプレゼントしたわけです。
6、A HOUSE IS NOT A HOME

これはもう、ルーサーだけが歌いこなせる曲。
YOUTUBEでこの曲を歌うルーサー映像が観られますが、
素晴らしい!!の一言に尽きます。このYOUTUBE映像、
客席のディオンヌ・ワーウィックが抜かれますが、
その理由はルーサー13歳の時、プロのシンガーを
志すきっかけとなったのが、ディオンヌの歌だったから。
ルーサーをはじめ、80年代〜90年代のQUIET STORM
ミュージシャン等に、どれだけの敬意を表して作ったかが
分かるのが、TWISTAの「SLOW JAMZ」。曲の出だし、
〜Are you gonna be then say you gonna be in love with me...
の早回しパートはもちろんこの曲から引用。
DJナオミとナイトラインという番組をやっている時に、
「SLOW JAMZ」に登場する全アーティストを掛ける!
という事をやったのを思い出します。
※ やばい・・・時間足りない。
7、 DANCE WITH MY FATHER

2003年の遺作。個人的にいろいろな意味で泣ける
1曲です。素敵なお父さん、お母さんのもとで
ルーサーは育ったのだろうなという事を充分に
感じさせてくれます。バックボーカルには
シシー・ヒューストン(ホイットニーのママね)も参加。
音数の少ない、極めてシンプルな曲ですが、
だからこそシンガーの力量が問われる1曲。
ソングライトはリチャード・マークス。リチャードは
80年代に「SATISFIED」、「RIGHT HERE WAITING」他、
ヒット多数。現在はソングライターとしての活動がメイン。
グラミー賞の際には、病床のルーサーに代わり、
リチャード自身がピアノを奏で、セリーヌがこの曲を
歌いました。もちろん、SONG OF THE YEAR受賞。
8、 KILLING ME SOFTLY WITH HIS SONG

94年リリースの全曲カバーアルバム「SONGS」より。
ロバータのバック・コーラス時代、ロバータの意向で
ライブでは必ずルーサーとのデュエットとして披露
されていた、彼に取っても思い出深い1曲。
このカバーアルバムを作るきっかけともなったナンバーです。
KILLING ME SOFTLY WITH “YOUR” SONG!!
このアルバムもこれまた全曲カバーとは思えない良い
アルバムです。マクファーデン&ホワイトヘッドの
「AIN’T NO STOPPIN US…」しかり、ライオネル・リッチーの
カバーも絶品。両アーティストもこのカバーには大満足のはず。
9、YOUR SECRET LOVE

96年リリースのアルバム・タイトルトラック。
この手の切ないバラードはルーサーの得意とするところ。
※ここでCM。あと、11分しかないぞ・・・足りない。
10、THE CLOSER I GET TO YOU with BEYONCE

最後のデュオ・パートナーを現代の歌姫ビヨが務めた
というのも、感慨深いですね。アルバム「DANCE WITH MY
FATHER」より。
11、IF ONLY FOR ONE NIGHT

ラストは85年のヒットで。ブレンダ・ラッセルの
カバーですね。
If only for one night…
3ヶ月間、御愛聴頂きまして、どうも有り難うございました。
またいつか、ノースウェーブ上層部から、『好きな曲を好きに
掛けて良い』と言われる夜まで・・・。
と、きれいに終わろうと思いましたが、今夜、時間の都合で
どーしても掛けられず、断腸の思いでカットした曲の
解説だけを。だって、掛ける気満々でせっかく
書いたんだもん(泣)
I’M GONNA MISS YOU IN THE MORNING/
LUTHER VANDROSS & PATTI AUSTIN
ルーサーのデュオの中でも好きな1曲を。
クインシー・ジョーンズ78年リリースのアルバム
「SOUNDS...AND STUFF LIKE THAT」より。曲の出だし、
LUTHERの“Here we are〜neither one of us
caring why a love so strong〜”の、“neither one of us
caring why”の歌い方、この抑え加減!!こんな歌い方が出来る
シンガーって、実のところそう多くはいないと思います。
クインシーがこの曲をなぜルーサーに歌わせたかが分かりますね。
このアルバムでルーサーの歌声が聴けるのは2曲。お送りした
パティーとのデュオと、グエン・ガスリーとのデュオの2曲。
クインシー70年代後半のアルバムで一番好きな1枚。
当然といえば当然ですが、バックはリチャード・ティーに
エリック・ゲイル、アンソニー・ジャクソン、
スティーブ・ガッド、でもってルーサーっすよ!
なんとゴージャスなアルバムなんでしょうか。
「SUPERSTAR」も「TAKE YOU OUT」も
「BUY ME A ROSE」も「ALWAYS AND FOREVER」も
「POWER OF LOVE/LOVE POWER」も
「SERCHING」も掛けられなかった・・・
YOUTUBEではお葬式の時のパティー・ラベルと
スティービーの弔辞が・・・何度観てもパティーと一緒に
私、泣いちゃうもんね。
1時間・・・正確には58分56秒、
60秒のCM抜いて、56分56秒でルーサーの
功績を讃えるのはちょっと無理あり?
FOREVER,FOR ALWAYS FOR LUTHER.
今夜はそんな気持ちでお届けしました。
改めてご冥福をお祈りします。
1時間好きに使って良し!じゃなくて、
1日好きに使って良し!と言われないかな・・・
今夜掛けられなかった曲と、彼のバックコーラス時代、
プロデュース作などなど掛けられたらなぁ。
そういやぁ昔、「1DAY JAZZ FM」と
「1DAY LIVE ALBUM」という特番もやったけな。
ということで終了!バイバイ。
「UNTITLED…for music lover’s only」、
本日をもちまして最終回となります。
3ヶ月間、ご愛聴頂きまして、誠に有り難うございます。
通常、この手の番組(ノンDJ、曲オンリー)は、
「録音」が当たり前ですが、あえて生放送。
(単に録音作業が面倒だったという噂もあり)
“じみー”にお届けしておりました。
“好きな曲を好きに掛けて良し!”という、夢の様な
デトックス番組(私に取ってね)振り返れば本当に
好きな曲しか掛かってませんが、これらは小指の
爪っぽっち、ほんのほんの一部・・・。
ということで、本日は2005年の7月1日に惜しくも
この世を去ったルーサー・ヴァンドロスに捧げる1時間。
「1時間じゃ足りねー」
と、軽く愚痴ったところで、今日のこのブログを
書くにあたり、インターネットで「ルーサー・ヴァンドロス」
「命日」と打ち込んだところ、ヤフーの検索画面トップには、
私が担当しているノースで一番長い番組だけど、一番曲が
掛からない「ステーション・ドライブ・サタデー」のブログが!
「どんだけルーサーの事、書いてんねんっ!」と、
自分で突っ込みを入れつつ、バイオも含め、
書かせて頂きます。今日は長くなりそう。
ま、最後っつーことで、お付き合い下さいまし。
ルーサーの曲を年代順で綴るか、曲の雰囲気で
繋いでいくか、それとも!2003年にリリースされた
レディオシティー・ミュージックホールでの素晴らしい
ライブを延々流そうかとも考えたが・・・それじゃあねえ、
プロとしてどーよ?と、今から悩んでます。
(只今、6月28日(木)深夜1時28分)
Luther Ronzoni Vandross…
1951年、ニューヨークはマンハッタンの出身。
父親はビッグバンドのシンガー、母親はゴスペルシンガー、
そしてルーサーの姉パトリシアも「Crests」というボーカル・
グループに所属。そんな音楽一家に産まれた彼が、
シンガーを志したのは至極当たり前の事。
1956年にリリースされた「Crests」のナンバー、
「SWEETEST ONE」には、若干5歳のルーサーの声が!!
いわば、これが彼に取っての初レコーディング作。
3歳でピアノを習い始め、13歳の時にシンガーとして
歩む事を決意。高校生の時にはボーカル・グループ
「LISTEN MY BROTHER」の一員として、アポロシアターの
ステージに立ち、当時、一早くルーサーの才能を見抜いた
御大クインシーの1969年リリースのクリスマス・アルバムに
参加。高校卒業後、ミシガン大学へと進学。しかし、
プロとして歩むべく1年で自主退学。
チャンスが訪れたのは1974年の事。
ルーサーの歌声を気に入ったデビッド・ボウイがルーサーに
アルバム「YOUNG AMERICAN」のボーカル・アレンジと
バックボーカルを依頼。ボウイとの仕事を機に、70年代は主に、
バック・ボーカリスト、セッション・シンガー、ソングライター、
アレンジャー、プロデューサーとして活躍。
彼がこの時代、バックを務めたアーティストといえば、
ダイアナ・ロス、ロバータ・フラック、カーリー・サイモン、
チャカ・カーン、CHIC、バーブラ・ストライサンドなど・・・
バック・ボーカリストとして、名の知れた存在となった
ルーサーだが、「あなたは人のバックで歌うシンガーじゃない!」
と、ソロになる夢の後押しをしたのが、誰あろう
ロバータ・フラック。そして、このロバータとルーサーを
引き合わせたのが、マーカス・ミラー。
ダイアナ・ロス、ロバータ・フラック、カーリー・サイモン、
チャカ・カーン、CHIC、バーブラ・ストライサンドなど・・・
バック・ボーカリストとして、名の知れた存在となった
ルーサーだが、「あなたは人のバックで歌うシンガーじゃない!」
と、ソロになる夢の後押しをしたのが、誰あろう
ロバータ・フラック。そして、このロバータとルーサーを
引き合わせたのが、マーカス・ミラー。
随分昔、「NIGHT SHIP825」というジャズの番組を
担当していた頃、マーカスへインタビューをする機会があり、
ルーサーの事を伺った際、「言うまでもないけど、ルーサーの
声は美しいよね。歌のうまい、素晴らしい声を持つシンガーは
沢山いるけれど、僕が過去、一緒に仕事をしてきた
ミュージシャン達、マイルスやロバータ、そしてルーサーは、
聴いている人と気持ちを通わす事が出来る。心のどこを
刺激すれば良いのかを把握している。
それはもう神が特別な人間にだけ与えしもの。
中でもルーサーはその名人なんだ。だからこそ一流の
ミュージシャンであれば、一度は彼と仕事がしたくなる。
70年代に彼が多くのミュージシャンのバックを務めたのも、
彼がミュージシャンズ・ミュージシャンである事の証明だよね。
本物のミュージシャンであれば、一度は彼と仕事をしてみたいと
思うはずだから。言い換えれば、ルーサーからそのテクニックを
盗もうと思うのかも。部分を僕は一度といわず(笑)、
これからも機会があればルーサーとは仕事がしたい。
マイルスは・・・残念ながら、もういないけどね。」と、
話して頂いた。
何でもマーカスはロバータとルーサーを引き合わす為に、
ルーサーには内緒で彼がバックとして出演していた
ライブハウスに、こっそりとロバータを連れて行ったんだとか。
(マーカス談)
公私に渡ってルーサーの良き友だったマーカス・ミラー。
マーカスの2005年リリースのDVD「MASTER OF ALL
TRADE」には、ルーサーの貴重なインタビューも収められて
いるので、機会があれば、是非こちらもどーぞ。

ラジオやテレビのCMソング、ラジオ局のジングルなども
手掛け、セッションシンガーとして活躍した70年代、
ようやくレコード会社と契約。1976年にルーサー含め、
男性2人女性3人のグループ「LUTHER」としてアルバム・
デビュー。翌77年には「THIS CLOSE TO YOU」という
アルバムをリリースするも、セールス的にはパッとせず。
(個人的には2枚目の「THIS CLOSE TO YOU」は、
かなり良いアルバムだと思うのだが・・・。)


上記2枚はいずれもCD化されてないので、アナログを
お持ちの方は大事に。1980年には「CHANGE」、
「GREGG DIAMOND BIONIC BOOGIE」というグループに
ボーカリストとして参加。「CHANGE」時代に放ったヒットが、
「GLOW OF LOVE」と「SERCHIN」、そしてGREGG DIAMOND
時代の名唱が「HOT BUTERFLY」。この曲が収められている
GREGG DIAMOND…のアルバム「HOT BUTTERFLY」は、
2005年に世界初CD化!(パチパチパチパチ)
セッション・シンガー期のマスターピースと誉れ高い1枚。
そして・・・1981年、ソロシンガーとして、
R&Bチャート1位、プラチナ・アルバムを記録する大ヒットと
なったのが、「NEVER TOO MUCH」。そんなヒットを放ち
ながらも、しばらくはKFC(ケンタッキーフライドチキンね)の
CMソングや、NBC、ABCといったテレビ局のキャンペーン・
ジングルを作成していたり、アレサの「JUMP TO IT」の
プロデュースなどを手掛けたルーサー。30歳を過ぎ、
ようやくソロとしてスポットを浴びる事となったルーサー、
以後、アルバムはそのどれもが100万枚を越すヒットを記録、
グレゴリー・ハインズやホイットニー、エルトン・ジョン、
ディオンヌのプロデュースやコラボを披露。ちなみに彼が
13歳の時、プロの道を目指すきっかけともなったのが、
ディオンヌの「ANYONE WHO HAD A HEART」という1曲。
ディオンヌとのレコーディング時、ルーサーの胸に
去来したものは、どんな事だったんでしょうか?
90年代にもそのパワーは衰えず・・・
ジャネット、マライヤとのデュオを披露。そんなルーサーが
一番頼りにし、揺るぎない信頼を寄せていたミュージシャンが、
先のマーカス・ミラーをはじめ、ナット・アダレイ、
そしてレコーディング・エンジニアのバーダーニ。この3人は
ルーサーのアルバムに無くてはならない存在。
ナットは後にインタビューで「音楽業界がどこに向って
いるのかは分からない。だけど純粋に “歌” について語るなら、
ルーサーは模範であり、先駆者であり、次の世代の手本と
なるべきシンガーだろう。ルーサーのお陰で未来の
アーティスト達はきっと苦労するね。なぜなら、彼のせいで
“プロフェッショナルである事“ の基準が上がってしまった。
歌のうまいシンガーであったとしても、
『上手だね、でもルーサー・ヴァンドロスではないねと、
言われてしまうに違いない。』
このナットの言葉は、「アメリカン・アイドル」を欠かさず観る
1人として、サイモンの批評内容同様、
ものすごーく理解出来ます。
ジャンルを問わず、多くのミュージシャン達の目標であり、
影響を与え続けて来たルーサー、2003年、2月14日に
ニューヨークのレディオシティー・ミュージックホールで
素晴らしいバレンタイン・コンサートを披露。
(このライブアルバムは本当に素晴らしい!!!!!)
その数ヶ月後には「DANCE WITH MY FATHER」という
アルバムのリリースを控え、2000年代、また新たなR&Bの
幕開けを告げた矢先、4月に脳梗塞で倒れ、一時は回復傾向
にもあったものの、多くのファンやミュージシャン仲間達の
祈りもむなしく、2年間の闘病生活の末、
2005年7月1日に息を引き取ったルーサー・・・
アレサ・フランクリンは毎日の様に病院のルーサーを見舞い、
彼の耳元で歌を歌い、ニューヨーク・ハーレムの教会で
24時間、回復を祈るミサを執り行ったそう。「ルーサー逝く」の
報を受け、全米のR&Bラジオ局は、1日中ルーサーの曲を流し、
偉大なこのシンガーに追悼の意を表明。葬儀にはクインシー、
マーカスー、ロバータ、アレサ、スティービー等、そうそうたる
メンバーが列席し、スティービーは式後のインタビューで、
「彼と友達でいられた事ほど、僕に取って名誉な事はない。」と。
2004年のグラミー賞授賞式では、式典に参加する事こそ
出来なかったものの、「SONG OF THE YEAR」受賞の喜びを
病室から寄せ、車椅子姿ではあったものの、回復ぶりを
示してくれた。その姿に誰もがまた、どんなに時間が掛かろうが、
もう一度ステージ上で歌ってくれるルーサーを期待したか・・・。
しかし、これが公の場にルーサーが姿を見せた最後。
ONE AND ONLY・・・ナット・アダレイの言葉ではないけれど、
彼以上のシンガーは、もう出て来ないと思う今日この頃。
以上ざっと、本当に軽くルーサーの経歴に触れたところで、
最後の「解説しよう!」のお時間でございますっ。
マジ、1時間じゃ足りない足りない。今日は最終回なんで、
ジャケ写のピクセル上げてみました。
1、 NEVER TOO MUCH(LIVE)

2003年リリースのニューヨークはレディシティー・
ミュージックホールでバレンタインデーに行われたライブより、

ライブのオープニングを飾ったナンバーを。これが生前最後の
ライブとなってしまいました。あ〜、素晴らしい。
このライブ観たかったなぁ・・・
未だDVD化されないところをみると、映像は抑えて
なかったんでしょうね、残念!!ルーサーは一度も
来日することなく、逝ってしまいました。弊社取締役T氏は
「俺はニューヨークでルーサーのライブ観たもんねー。」と
私に自慢。軽い殺意を覚えました。バイオでも触れましたが、
1981年リリースの記念すべきソロヒット作のタイトルトラック。
2、 SHINE

ルーサーの死後、2006年にリリースされたベストアルバム
「ULTIMATE LUTHER VANDROSS」からの新曲として
リリースされたナンバー。遺作となってしまったアルバム
「DANCE WITH MY FATHRE」に収録が予定されていたけど
お蔵入りとなってしまったか、次回作に収録予定だったのかは
定かではありませんが、残されていたマスターテープをもとに、
とにかく新曲としてリリース。この曲のビデオクリップも
あるので、生前にリリースが予定されていたのは
間違いないでしょう。バックコーラスとしてCHICにも
参加していたルーサー、「SHINE」のバックトラックは、
そのCHIC の「MY FORBIDDEN LOVER」。ノースウェーブでは
ステドラとDJナオミのストリート・フレイバーでせっせと
オンエアー。本国アメリカよりもイチ早く、
サッポロHOT100にチャートイン。
さて、このアルバムですが、輸入盤は2枚組。
ボーナスCDには7曲ものリミックス付き、日本盤は
ボーナスCDなし。
3、 THE GLOW OF LOVE/CHANGE

70年代、イタリア人プロデューサー/ジャック・フレッド・
ペトラス率いるバンド/CHANGEにもルーサーは一時在籍。
一番のヒットはやはりルーサー在籍時に放った80年の
アルバム「THE GLOW OF LOVE」。このアルバムからは
このタイトルトラック「GLOW OF LOVE」と、
「SERCHING」がヒット。ルーサー脱退後、84年に
ジャム&ルイスのプロデュースで巻き返しを図るも、
バンドは自然消滅。89年に「COLLECTION」という
ベスト盤がリリースされています。
4、HOT BUTTERFLY/GREGG DIAMOND BIONIC BOOGIE

『今夜この曲は編成局長の「次長」に捧げましょう。』
70年代、セッション&バック・シンガーとして活躍していた
ルーサーが、メインボーカリストとしてグループに参加。
フリーソウルのコンピなどでこの曲だけは聴く事が出来ましたが、
なんと2005年にブルース・インターアクションより、
アルバムが世界初CD化されております。エラいぞ!
ブルース・インターアクション。
※ 前半3曲はアッパー・ルーサー〜CMへ。
CMあけはこの曲からスタート。
5、I’D RATHER(LIVE)

1曲目と同じく2003年のライブより。
“I’d rather have bad times with you,
『C’mon』 than good times with someone else”
もしもオーディエンスの1人だったなら・・・間違いなく、
おばちゃんも歌ってます、『C’mon』の後を。
今もこのライブを聞く時は歌います。「I’D RATHER」は
アメリカ音楽界の重鎮/クライブ・デイビスが新たに
設立したレーベルJ-RECORDSに第1弾アーティストとして
ルーサーが迎えられ、移籍後初のアルバムとして
リリースされたアルバム「LUTHER VANDROSS」からの
ナンバー。アルバムタイトルに自身の名前を冠にするなど、
クライブとルーサーとのパートナーシップが見事に合致。
レーベルの今後を左右する第一弾にルーサーを迎えたのも、
ルーサーなら間違いなく素晴らしいアルバムを作ってくれると
確信すればこそ。その期待に答え、ルーサーは素晴らしい
アルバムをクライブにプレゼントしたわけです。
6、A HOUSE IS NOT A HOME

これはもう、ルーサーだけが歌いこなせる曲。
YOUTUBEでこの曲を歌うルーサー映像が観られますが、
素晴らしい!!の一言に尽きます。このYOUTUBE映像、
客席のディオンヌ・ワーウィックが抜かれますが、
その理由はルーサー13歳の時、プロのシンガーを
志すきっかけとなったのが、ディオンヌの歌だったから。
ルーサーをはじめ、80年代〜90年代のQUIET STORM
ミュージシャン等に、どれだけの敬意を表して作ったかが
分かるのが、TWISTAの「SLOW JAMZ」。曲の出だし、
〜Are you gonna be then say you gonna be in love with me...
の早回しパートはもちろんこの曲から引用。
DJナオミとナイトラインという番組をやっている時に、
「SLOW JAMZ」に登場する全アーティストを掛ける!
という事をやったのを思い出します。
※ やばい・・・時間足りない。
7、 DANCE WITH MY FATHER

2003年の遺作。個人的にいろいろな意味で泣ける
1曲です。素敵なお父さん、お母さんのもとで
ルーサーは育ったのだろうなという事を充分に
感じさせてくれます。バックボーカルには
シシー・ヒューストン(ホイットニーのママね)も参加。
音数の少ない、極めてシンプルな曲ですが、
だからこそシンガーの力量が問われる1曲。
ソングライトはリチャード・マークス。リチャードは
80年代に「SATISFIED」、「RIGHT HERE WAITING」他、
ヒット多数。現在はソングライターとしての活動がメイン。
グラミー賞の際には、病床のルーサーに代わり、
リチャード自身がピアノを奏で、セリーヌがこの曲を
歌いました。もちろん、SONG OF THE YEAR受賞。
8、 KILLING ME SOFTLY WITH HIS SONG

94年リリースの全曲カバーアルバム「SONGS」より。
ロバータのバック・コーラス時代、ロバータの意向で
ライブでは必ずルーサーとのデュエットとして披露
されていた、彼に取っても思い出深い1曲。
このカバーアルバムを作るきっかけともなったナンバーです。
KILLING ME SOFTLY WITH “YOUR” SONG!!
このアルバムもこれまた全曲カバーとは思えない良い
アルバムです。マクファーデン&ホワイトヘッドの
「AIN’T NO STOPPIN US…」しかり、ライオネル・リッチーの
カバーも絶品。両アーティストもこのカバーには大満足のはず。
9、YOUR SECRET LOVE

96年リリースのアルバム・タイトルトラック。
この手の切ないバラードはルーサーの得意とするところ。
※ここでCM。あと、11分しかないぞ・・・足りない。
10、THE CLOSER I GET TO YOU with BEYONCE

最後のデュオ・パートナーを現代の歌姫ビヨが務めた
というのも、感慨深いですね。アルバム「DANCE WITH MY
FATHER」より。
11、IF ONLY FOR ONE NIGHT

ラストは85年のヒットで。ブレンダ・ラッセルの
カバーですね。
If only for one night…
3ヶ月間、御愛聴頂きまして、どうも有り難うございました。
またいつか、ノースウェーブ上層部から、『好きな曲を好きに
掛けて良い』と言われる夜まで・・・。
と、きれいに終わろうと思いましたが、今夜、時間の都合で
どーしても掛けられず、断腸の思いでカットした曲の
解説だけを。だって、掛ける気満々でせっかく
書いたんだもん(泣)
I’M GONNA MISS YOU IN THE MORNING/
LUTHER VANDROSS & PATTI AUSTIN
ルーサーのデュオの中でも好きな1曲を。
クインシー・ジョーンズ78年リリースのアルバム
「SOUNDS...AND STUFF LIKE THAT」より。曲の出だし、
LUTHERの“Here we are〜neither one of us
caring why a love so strong〜”の、“neither one of us
caring why”の歌い方、この抑え加減!!こんな歌い方が出来る
シンガーって、実のところそう多くはいないと思います。
クインシーがこの曲をなぜルーサーに歌わせたかが分かりますね。
このアルバムでルーサーの歌声が聴けるのは2曲。お送りした
パティーとのデュオと、グエン・ガスリーとのデュオの2曲。
クインシー70年代後半のアルバムで一番好きな1枚。
当然といえば当然ですが、バックはリチャード・ティーに
エリック・ゲイル、アンソニー・ジャクソン、
スティーブ・ガッド、でもってルーサーっすよ!
なんとゴージャスなアルバムなんでしょうか。
「SUPERSTAR」も「TAKE YOU OUT」も
「BUY ME A ROSE」も「ALWAYS AND FOREVER」も
「POWER OF LOVE/LOVE POWER」も
「SERCHING」も掛けられなかった・・・
YOUTUBEではお葬式の時のパティー・ラベルと
スティービーの弔辞が・・・何度観てもパティーと一緒に
私、泣いちゃうもんね。
1時間・・・正確には58分56秒、
60秒のCM抜いて、56分56秒でルーサーの
功績を讃えるのはちょっと無理あり?
FOREVER,FOR ALWAYS FOR LUTHER.
今夜はそんな気持ちでお届けしました。
改めてご冥福をお祈りします。
1時間好きに使って良し!じゃなくて、
1日好きに使って良し!と言われないかな・・・
今夜掛けられなかった曲と、彼のバックコーラス時代、
プロデュース作などなど掛けられたらなぁ。
そういやぁ昔、「1DAY JAZZ FM」と
「1DAY LIVE ALBUM」という特番もやったけな。
ということで終了!バイバイ。
06月28日 22:14 今夜は最終回(前説)
ども、Dです。
いやぁ〜、今夜のブログは書いたね。
最終回だし、アルバムのライナーノーツ3枚分は
軽く書いた。いや、「解説しよう!」いれたら5枚分?
最近はステドラの原稿もほどほどなのに・・・
ブログだって間が空く様になったのに・・・
(それでもコンスタントにアクセスして頂いていると
いう事は・・・私のプライベートをブックマークしている方も
いらっしゃるという事?確かにマニア受けはする。
タイは・・・あ、そうそう!タイのブログは今すごい事に
毎月12、3万件のアクセスだって。政府観光庁の
ご提供番組だし、観光庁のHPにもリンクされているから、
道外の方のアクセスが異様な伸びだとか。
これもそろそろガイドブック書けるな。
それでも今夜は「特番かよっ!」ってくらい書いたね。
これ、後で自分の資料としても保存しとこ。
アメリカの公式サイトとか、欧米の関連サイトと
昨夜はにらめっこ。英語読むの疲れたぞ。
自分の知識と公式HPのバイオを照らし合わせて
書いたので、間違いはないでしょう。
先程アップしました。(早っ)
今夜は23時の番組スタートと同時に“バシッ”っと
アップされますので、読んでやってくだせぇ。
もちろん生放送でーす。
したっけ
いやぁ〜、今夜のブログは書いたね。
最終回だし、アルバムのライナーノーツ3枚分は
軽く書いた。いや、「解説しよう!」いれたら5枚分?
最近はステドラの原稿もほどほどなのに・・・
ブログだって間が空く様になったのに・・・
(それでもコンスタントにアクセスして頂いていると
いう事は・・・私のプライベートをブックマークしている方も
いらっしゃるという事?確かにマニア受けはする。
タイは・・・あ、そうそう!タイのブログは今すごい事に
毎月12、3万件のアクセスだって。政府観光庁の
ご提供番組だし、観光庁のHPにもリンクされているから、
道外の方のアクセスが異様な伸びだとか。
これもそろそろガイドブック書けるな。
それでも今夜は「特番かよっ!」ってくらい書いたね。
これ、後で自分の資料としても保存しとこ。
アメリカの公式サイトとか、欧米の関連サイトと
昨夜はにらめっこ。英語読むの疲れたぞ。
自分の知識と公式HPのバイオを照らし合わせて
書いたので、間違いはないでしょう。
先程アップしました。(早っ)
今夜は23時の番組スタートと同時に“バシッ”っと
アップされますので、読んでやってくだせぇ。
もちろん生放送でーす。
したっけ
06月22日 01:48 解説しよう!
今夜は珍しく番組が始まる2時間前に選曲をあげ、
番組終了と同時にこの「解説しよう!」もブログに
アップ!の予定でしたが・・・うっかり削除。
さっき書いてた事と同じ事が書けるかどうかは
分かりませんが、解説しよう!のコーナーです。
1、SIDEWAY SHUFFLE/LINDA LEWIS

1950年にジャマイカ移民3世として誕生。
10代の時にビートルズ出演の映画「ヘルプ!」で
端役として出演した後、本格的に音楽活動を開始。
幾つかのバンドやセッション・ボーカリストを経て、
71年にソロ・デビュー。70年代には4枚のアルバムを
リリースするも、80年代には一時活動を休止。
しかし、ジャミロクワイの「TOO YOUNG TO DIE」で
リンダの声がサンプリングされ、また90年代の
レア・グルーブ・ムーブメントによって再評価され、
特にここ日本でのクラブシーンでの人気も追い風となり、
95年にカムバック。今も尚、5オクターブの歌声は健在。
ちなみに彼女のバックでベースを担当しているのは、
北海道出身のクマ原田氏。
本日は2005年にロンドンの老舗ジャズクラブ
「OLD SMOKEY」で行われたライブの模様を収めた
アルバム「LIVE IN OLD SMOKEY」より。
2、WINGS OF A HORSE/ELLEN McILWAINE

彼女もリンダ同様、90年代に再評価された
シンガーの1人。フォーキーでファンキーでソウルフル!
2002年に東京のYellowで行われたライブの模様を
収めたアルバム「LIVE AT YELLOW」より。
3、BACK ON THE ROAD/JOAN ARMATRADING

このシンガーこそ、もう少し評価されても良いのでは?
70年代より活躍のジョーン、彼女に影響を受けた
アーティストは、リッキー・リー・ジョーンズに
ジョニ・ミッチェル、トレイシー・チャップマン、そして
アニ・デフランコやキザイヤ・ジョーンズなど、多数。
ジョニ・ミッチェルなどはインタビューでも、
「私なんかより、もっとジョーンが注目されるべき!」と、公言。
本日は95年リリースのあるバム「WHTA'S INSIDE」より。
この曲を初めて聞いた時は、あまりのカッチョ良さに、
タックさんをはじめ、ディレクター捕まえては強制的に
聞かせた思い出が・・・。
4、LOVIN'YOU(LIVE REPRISE)/MINNIE RIPERTON

2001年にリリースされた「PETALS」という2枚組の
ベスト盤より。みんなも大好きなミニーのこの曲、
今夜はレアなライブ・バージョンで。実はこのライブ、
バックはジョージ・ベンソン・バンドが務めていまして、
マスターテープをベンソンが保有していたのか、それとも
版権やら何やら、大人のややこし〜い事柄で、今まで
日の目を見なかったテイク。持ってるなら出し惜しみせず
出せよ。と、ベンソンには言いたくなるようなテイクです。
出来れば全部聞きたいよね、4分30秒しかCDには
収められていませんが、多分7分近いバージョンだった
はず。ミニーに関してもバイオに触れるとなると、
ダぁ〜っと際限なく書いてしまいそうなので、やめます。
様々な事情でお蔵入り、もしくはマスターテープが紛失!
などなど、日の目を見ないすっごいレア・トラックって、
まだまだ沢山あるんでしょうね〜、YOUTUBEでも良いから
見たい聞きたい!レア音源といえば、CSの「MUSIC AIR」
というチャンネルが、7月末を持って終了。
それこそニッティング・ファクトリーやらフィルモアやら、
ぶっ飛びそうなマニア垂涎のライブを観せてくれていた
チャンネルだったのに・・・残念!
5、LORD WE BELIEVE/KRISTLE MURDEN

ゴスペル界の大御所アンドレ・クラウチの秘蔵っ子として
デビューした実力派。ソロ・アルバムこそ、今夜ご紹介の
この1枚のみですが、クラウチのグループでは、今なお
その歌声を披露。2003年に世界初CD化されてました。
歌声もさることながら、バックもこのアルバムはイイ!
それもそのはず、当時L.A.で活躍したスタジオ・
ミュージシャンが参加。
6、FREE/DENIECE WILLIAMS

お洒落なジャケTOP5!(私個人的にね)
1951年にインディアナ州で誕生し、5歳の時から
地元の教会でゴスペルを歌い始め、高校生の時、
レコードショップでバイトをしていた際に、その店主が
彼女の類い稀なる才能に気付き、シカゴのレコードレーベルに
紹介。そこで3枚のシングルをリリースしますが、
ゴスペル以外の歌を歌ったことで(!)聖歌隊から追放。
しかし、彼女のもとに“あの!”スティービー・ワンダーから、
バックコーラスへのオファーがあり、ツアーやスティービーの
アルバムに参加。今度は76年にアースウィンド&ファイアーの
モーリス・ホワイトに認められ、彼のレーベル「カリンバ」と
契約し、モーリスのプロデュースでリリースした本作からは、
この「FREE」というヒットが誕生しました。
DENIECEは先頃、「LOVE,NIECY,STYLE」というカバーアルバムを
出しましたが・・・個人的には今一つの出来。
7、WE'VE ONLY JUST BEGAN〜PEOPLE GET READY
/CURTIS MAYFIELD

CURTISについては・・・おばちゃん、とってもじゃないけど
書けない。というか、短時間では書けないって事です。
来日を果たす事無く、不慮の事故が元でこの世を去った
カーティス、今夜はアルバム「LIVE IN EUROPE」より、
2曲続けて。
8、SOMEDAY WE'LL ALL BE FREE/DONNY HATHAWAY

DONNYについても・・・無理〜、書けない〜。
今夜は傑作ライヴ・アルバム、72年リリースの「LIVE!」と、
死後に発表された80年のアルバム「In Performance」から、
数曲づつ、未発表ライヴ音源を7曲と、73年にNYのFM局
WBLS(先週のQUIET STORMで御紹介したFM局ですね。)が
収録したインタビューを収めた2004年リリースのアルバム
「THESE SONGS FOR YOU LIVE!」より。
インタビューでは自身の音楽観や、音楽以外には写真にも
興味があってね・・・」なんて、前向きな発言がなされて
いましたが、人間はなんとモロいものか、自らの命を
絶ってしまったDONNY・・・。彼の愛娘レイラも父親と同じ
道を歩んでいますが、彼女はこれまで決して父親の曲を
歌わなかったんですね〜、しかし、TAKE6のアルバムに
参加する際、この「SOMEDAY...」を歌うにあたり、当初は
その申し出を固辞していたレイラを、TAKE6のメンバーが
1人ずつ毎日説得して、遂にレコーディング!
レイラはどんな気持ちでこの曲を歌ったんでしょうか?
TAKE6とレイラのバージョンでは、TAKE6のメンバーが、
曲中、レイラを気遣うシーンも垣間みる事が出来ます。
このライブアルバムは、先のCURTIS同様、1時間
流しっぱなしでもいいよね。
9、NATURAL WOMAN/FAITH PILLOW

彼女に関しては、以前に触れたので割愛。
なぜキャロル・キングのカバーをDONNYの後に入れたかと
言うと、キャロキンはDONNYのデビュー当時、彼の
アルバムを大量に購入し、会うミュージシャン全てに
「このアルバム聞いて!凄いシンガーだから!」と、
配り歩いていたというエピソードから。
DONNYの名盤「LIVE!」の4曲目、キャロキンの
「YOU'VE GOT A FRIEND」の出だし、オーディエンスの
歓声と合唱は涙もの。ライブ盤をじっくり切らずに
聞かせる番組があってもいいよね。企画書出すか?
10、BAD WEATHER/MELLISA MANCHESTER

CMを挟んで、ガラッと変えてみました。というより、
当初はこの3曲がオープニングで、テーマも違うものを
予定していましたが・・・ま、いつもの事。
彼女といい、TEENA MARIEといい、SOULに肌の色は
関係ない!メリサもここ数十年は音沙汰ありませんが、
今だから彼女の歌声を聴きたいなぁ。
11、NEVER DID I STOP LOVING YOU/ALICE CLARK

たった1枚、このアルバムしか出していないALICE、
問い合わせの多い曲でもありますね。昔、クルージンで
この曲を掛けた際には、たまたまノースにプロモーションで
来ていた某アーティストにも「これ!探してたんですっ、誰の
何と言う曲ですか?」と、お問い合わせを頂きました。
「AM I THE SAME GIRL」のバーバラ・アクリンや、
エスター・マローといったシンガーと共に、90年代に
CD化されています。
12、IF I EVER LOOSE THIS HEAVEN/MAXINE NIGHTINGALE

ナンシー・ウィルソンのバージョンにしようか、どーしようか
迷いましたが、MAXINEで。彼女のルーツは舞台!
[ジーザス・クライスト・スーパースター」や「ヘアー」といった
舞台を経た後、サンタナやコモドアーズや、ボズ・スキャッグス、
アイザック・ヘイズ、アヴェレージ・ホワイト・バンドなどなど、
(書ききれません!)といったミュージシャンに引っ張りダコ。
名バイスプレイヤーというか、ミュージシャンズ・
ミュージシャンとして活躍。声のハスキーさ加減がいいよね〜。
ソウル、R&BにジャズもOKの実力派。さすが、舞台出身だけ
あります。
ということで、今夜はおしまい。
来週はいよいよ最終回!好きにやらせて頂きますっ!って・・・
毎週好き勝手やってますが。かねてより御案内申し上げて
おりましたが、来週は「ルーサー・ヴァンドロス大会!」
聞きたい曲がございましたら、リクエスト&メッセージまでどーぞ。
時間の許す限り、ルーサーだぜっ。もうすぐ命日だしね。
番組終了と同時にこの「解説しよう!」もブログに
アップ!の予定でしたが・・・うっかり削除。
さっき書いてた事と同じ事が書けるかどうかは
分かりませんが、解説しよう!のコーナーです。
1、SIDEWAY SHUFFLE/LINDA LEWIS

1950年にジャマイカ移民3世として誕生。
10代の時にビートルズ出演の映画「ヘルプ!」で
端役として出演した後、本格的に音楽活動を開始。
幾つかのバンドやセッション・ボーカリストを経て、
71年にソロ・デビュー。70年代には4枚のアルバムを
リリースするも、80年代には一時活動を休止。
しかし、ジャミロクワイの「TOO YOUNG TO DIE」で
リンダの声がサンプリングされ、また90年代の
レア・グルーブ・ムーブメントによって再評価され、
特にここ日本でのクラブシーンでの人気も追い風となり、
95年にカムバック。今も尚、5オクターブの歌声は健在。
ちなみに彼女のバックでベースを担当しているのは、
北海道出身のクマ原田氏。
本日は2005年にロンドンの老舗ジャズクラブ
「OLD SMOKEY」で行われたライブの模様を収めた
アルバム「LIVE IN OLD SMOKEY」より。
2、WINGS OF A HORSE/ELLEN McILWAINE

彼女もリンダ同様、90年代に再評価された
シンガーの1人。フォーキーでファンキーでソウルフル!
2002年に東京のYellowで行われたライブの模様を
収めたアルバム「LIVE AT YELLOW」より。
3、BACK ON THE ROAD/JOAN ARMATRADING

このシンガーこそ、もう少し評価されても良いのでは?
70年代より活躍のジョーン、彼女に影響を受けた
アーティストは、リッキー・リー・ジョーンズに
ジョニ・ミッチェル、トレイシー・チャップマン、そして
アニ・デフランコやキザイヤ・ジョーンズなど、多数。
ジョニ・ミッチェルなどはインタビューでも、
「私なんかより、もっとジョーンが注目されるべき!」と、公言。
本日は95年リリースのあるバム「WHTA'S INSIDE」より。
この曲を初めて聞いた時は、あまりのカッチョ良さに、
タックさんをはじめ、ディレクター捕まえては強制的に
聞かせた思い出が・・・。
4、LOVIN'YOU(LIVE REPRISE)/MINNIE RIPERTON

2001年にリリースされた「PETALS」という2枚組の
ベスト盤より。みんなも大好きなミニーのこの曲、
今夜はレアなライブ・バージョンで。実はこのライブ、
バックはジョージ・ベンソン・バンドが務めていまして、
マスターテープをベンソンが保有していたのか、それとも
版権やら何やら、大人のややこし〜い事柄で、今まで
日の目を見なかったテイク。持ってるなら出し惜しみせず
出せよ。と、ベンソンには言いたくなるようなテイクです。
出来れば全部聞きたいよね、4分30秒しかCDには
収められていませんが、多分7分近いバージョンだった
はず。ミニーに関してもバイオに触れるとなると、
ダぁ〜っと際限なく書いてしまいそうなので、やめます。
様々な事情でお蔵入り、もしくはマスターテープが紛失!
などなど、日の目を見ないすっごいレア・トラックって、
まだまだ沢山あるんでしょうね〜、YOUTUBEでも良いから
見たい聞きたい!レア音源といえば、CSの「MUSIC AIR」
というチャンネルが、7月末を持って終了。
それこそニッティング・ファクトリーやらフィルモアやら、
ぶっ飛びそうなマニア垂涎のライブを観せてくれていた
チャンネルだったのに・・・残念!
5、LORD WE BELIEVE/KRISTLE MURDEN

ゴスペル界の大御所アンドレ・クラウチの秘蔵っ子として
デビューした実力派。ソロ・アルバムこそ、今夜ご紹介の
この1枚のみですが、クラウチのグループでは、今なお
その歌声を披露。2003年に世界初CD化されてました。
歌声もさることながら、バックもこのアルバムはイイ!
それもそのはず、当時L.A.で活躍したスタジオ・
ミュージシャンが参加。
6、FREE/DENIECE WILLIAMS

お洒落なジャケTOP5!(私個人的にね)
1951年にインディアナ州で誕生し、5歳の時から
地元の教会でゴスペルを歌い始め、高校生の時、
レコードショップでバイトをしていた際に、その店主が
彼女の類い稀なる才能に気付き、シカゴのレコードレーベルに
紹介。そこで3枚のシングルをリリースしますが、
ゴスペル以外の歌を歌ったことで(!)聖歌隊から追放。
しかし、彼女のもとに“あの!”スティービー・ワンダーから、
バックコーラスへのオファーがあり、ツアーやスティービーの
アルバムに参加。今度は76年にアースウィンド&ファイアーの
モーリス・ホワイトに認められ、彼のレーベル「カリンバ」と
契約し、モーリスのプロデュースでリリースした本作からは、
この「FREE」というヒットが誕生しました。
DENIECEは先頃、「LOVE,NIECY,STYLE」というカバーアルバムを
出しましたが・・・個人的には今一つの出来。
7、WE'VE ONLY JUST BEGAN〜PEOPLE GET READY
/CURTIS MAYFIELD

CURTISについては・・・おばちゃん、とってもじゃないけど
書けない。というか、短時間では書けないって事です。
来日を果たす事無く、不慮の事故が元でこの世を去った
カーティス、今夜はアルバム「LIVE IN EUROPE」より、
2曲続けて。
8、SOMEDAY WE'LL ALL BE FREE/DONNY HATHAWAY

DONNYについても・・・無理〜、書けない〜。
今夜は傑作ライヴ・アルバム、72年リリースの「LIVE!」と、
死後に発表された80年のアルバム「In Performance」から、
数曲づつ、未発表ライヴ音源を7曲と、73年にNYのFM局
WBLS(先週のQUIET STORMで御紹介したFM局ですね。)が
収録したインタビューを収めた2004年リリースのアルバム
「THESE SONGS FOR YOU LIVE!」より。
インタビューでは自身の音楽観や、音楽以外には写真にも
興味があってね・・・」なんて、前向きな発言がなされて
いましたが、人間はなんとモロいものか、自らの命を
絶ってしまったDONNY・・・。彼の愛娘レイラも父親と同じ
道を歩んでいますが、彼女はこれまで決して父親の曲を
歌わなかったんですね〜、しかし、TAKE6のアルバムに
参加する際、この「SOMEDAY...」を歌うにあたり、当初は
その申し出を固辞していたレイラを、TAKE6のメンバーが
1人ずつ毎日説得して、遂にレコーディング!
レイラはどんな気持ちでこの曲を歌ったんでしょうか?
TAKE6とレイラのバージョンでは、TAKE6のメンバーが、
曲中、レイラを気遣うシーンも垣間みる事が出来ます。
このライブアルバムは、先のCURTIS同様、1時間
流しっぱなしでもいいよね。
9、NATURAL WOMAN/FAITH PILLOW

彼女に関しては、以前に触れたので割愛。
なぜキャロル・キングのカバーをDONNYの後に入れたかと
言うと、キャロキンはDONNYのデビュー当時、彼の
アルバムを大量に購入し、会うミュージシャン全てに
「このアルバム聞いて!凄いシンガーだから!」と、
配り歩いていたというエピソードから。
DONNYの名盤「LIVE!」の4曲目、キャロキンの
「YOU'VE GOT A FRIEND」の出だし、オーディエンスの
歓声と合唱は涙もの。ライブ盤をじっくり切らずに
聞かせる番組があってもいいよね。企画書出すか?
10、BAD WEATHER/MELLISA MANCHESTER

CMを挟んで、ガラッと変えてみました。というより、
当初はこの3曲がオープニングで、テーマも違うものを
予定していましたが・・・ま、いつもの事。
彼女といい、TEENA MARIEといい、SOULに肌の色は
関係ない!メリサもここ数十年は音沙汰ありませんが、
今だから彼女の歌声を聴きたいなぁ。
11、NEVER DID I STOP LOVING YOU/ALICE CLARK

たった1枚、このアルバムしか出していないALICE、
問い合わせの多い曲でもありますね。昔、クルージンで
この曲を掛けた際には、たまたまノースにプロモーションで
来ていた某アーティストにも「これ!探してたんですっ、誰の
何と言う曲ですか?」と、お問い合わせを頂きました。
「AM I THE SAME GIRL」のバーバラ・アクリンや、
エスター・マローといったシンガーと共に、90年代に
CD化されています。
12、IF I EVER LOOSE THIS HEAVEN/MAXINE NIGHTINGALE

ナンシー・ウィルソンのバージョンにしようか、どーしようか
迷いましたが、MAXINEで。彼女のルーツは舞台!
[ジーザス・クライスト・スーパースター」や「ヘアー」といった
舞台を経た後、サンタナやコモドアーズや、ボズ・スキャッグス、
アイザック・ヘイズ、アヴェレージ・ホワイト・バンドなどなど、
(書ききれません!)といったミュージシャンに引っ張りダコ。
名バイスプレイヤーというか、ミュージシャンズ・
ミュージシャンとして活躍。声のハスキーさ加減がいいよね〜。
ソウル、R&BにジャズもOKの実力派。さすが、舞台出身だけ
あります。
ということで、今夜はおしまい。
来週はいよいよ最終回!好きにやらせて頂きますっ!って・・・
毎週好き勝手やってますが。かねてより御案内申し上げて
おりましたが、来週は「ルーサー・ヴァンドロス大会!」
聞きたい曲がございましたら、リクエスト&メッセージまでどーぞ。
時間の許す限り、ルーサーだぜっ。もうすぐ命日だしね。
06月21日 22:30 解説しよう!と思ったが・・・
あ〜、ショック。
今夜の曲解説を書いていて、ラスト12曲目の解説途中、
うっかり消してしまうという失態。復活も出来ず。
ということで、やっぱり番組終了後に曲解説します。
いやぁ〜、ショックだ。
あ、今夜は好きな女性ボーカル(渋)&ライブで。
それから4月からスタートしたこの番組、3ヶ月限定の
番組ということで、来週が最終回でーす。
あ〜、ショック。
こうしてまた仕事のスケジュールが狂うわけです、
では30分後に。生放送でーす。
今夜の曲解説を書いていて、ラスト12曲目の解説途中、
うっかり消してしまうという失態。復活も出来ず。
ということで、やっぱり番組終了後に曲解説します。
いやぁ〜、ショックだ。
あ、今夜は好きな女性ボーカル(渋)&ライブで。
それから4月からスタートしたこの番組、3ヶ月限定の
番組ということで、来週が最終回でーす。
あ〜、ショック。
こうしてまた仕事のスケジュールが狂うわけです、
では30分後に。生放送でーす。
06月15日 01:55 解説しよう!
今夜はとぉ〜っても分かり易い選曲でしたね。
先のブログにも書いた通り、ニューヨークの
ラジオ局WBLSの看板番組「QUIET STORM」の
雰囲気で。先日、溜まりに溜まったCDやらを
整理していたら、80年代、ニューヨークに
住んでる友達に送ってもらったカセットテープを発見。
当時はウォークマンで聞きまくっていました。
授業中も制服にしのばせて聞く聞く。
先生に見つかって親が学校に呼び出しくらいましたが。
いわば、私がこの仕事を目指す事となった、
原点の様な番組でもあります。
WBSLで番組がスタートするきっかけともなった曲、
SMORKY ROBINSONの「QUIET STORM」の後、
30秒ほどですが、現「QUIET STORM」のDJ、
Vaughn Harper氏の声もフィーチャーしてみました。
痺れるね〜。この声、実はSkoop On Somebodyの
アルバムにインタールードとしてフィーチャーされているもの。
すみませんね〜、ちっちゃい事にこだわっちゃって。
彼の声が入っているSkoopのアルバム思い出すのに
エラい時間掛かっちまいまして、選曲あがったのは
番組スタート45分前。ま、いいや。
では解説しよう!
1、QUIET STORM/SMORKY ROBINSON

オリジナルバージョンをかけようか、2、3年程前に
リリースされていたモータウン・リミキシーズという
コンピに収録のROY AYERSをフィーチャーした
バージョンにしようか、迷いましたがオリジナルを。
ROY様フィーチャーのバージョンもイイ!
この曲がきっかけとなって、WBSLでは「QUIET STORM」
という番組がスタートしました。今では音楽の“イチ”
ジャンルとしてもQUIET STORMというカテゴリーが
誕生したほど。『QUIET STORM』・・・本当に良いタイトルです。
アメリカのラジオ局では、曲タイトルが番組のタイトルや
ジャンルを指し示す物になる事も少なくなく、
SURFACEというグループの放った「SHOWER ME WITH
YOUR LOVE」という曲に至っては、「QUIET SHOWER」や
「SHOWER〜」なるFMラジオ局も開局した程。
日本と違って、各音楽ジャンルごとにステーションのある
アメリカ。ジャンルとして確立され、番組タイトルや
ステーションの名前に、これらQUIETやSHOWERという
言葉が入ると、常時その手の音楽が聴けるという仕組み。
しまった・・・この番組「UNTITLED」だった。
ジャンルレスで申し訳ありません!!墓穴掘りましたね。
でも比較的、SOULFULな選曲をしているつもりですが・・・
お気に召して頂いてますでしょうか?
2、MYSTERY/ANITA BAKER

QUIET STORMの代表選手アニタ・ベイカー。
このくくりで行くと、SWEET LOVEとか、
CAUGHT UP...とか、RAPTURE...とかが聞きたかったでしょ?
うんうん、おばちゃんもそのつもりだった。しかし!
前述のVaughn Harper氏のインタールードの音が、
どーしてもマイナーコードだもんで、この曲に。
マンハッタン・トランスファーでもお馴染みのナンバーです。
3、ORDINARY PEOPLE/JOHN LEGEND

説明不要!鼻歌って頂けましたか?
4、GREATEST LOVE OF ALL/GEORGE BENSON

ホイットニーの名唱でもお馴染みですが・・・
オリジナルはベンソン。あの!モハメド・アリの伝記映画
「ALI : THE GREATEST」の為に書かれた1曲。
いい曲だよね。ジョン様のORDINARY...の後には、
やっぱりピアノで始まる曲を持って行きたいですな。
例えばSTEVIEとかね。
5、KILLING ME SOFTLY/ROBERTA FLACK

これも説明不要!曲タイトルの通りでございます。
あ、WITH HIS SONGってつけてね。ロバータ大好きだぁ。
ノース開局まもなく、厚生年金会館でライブを拝聴。
その時はバンマスを息子さんが担当していました。
ダニーも掛けたかったんだけどね。
6、NEVER GONNA LET YOU GO/SERGIO MENDES

これは・・・AORにカテゴライズされる曲ですが、
大好き。クルージンの時にもROBERTAから繋げた記憶が。
このアルバムを機に、セルメンはAOR三部作を80年代に
発表。今夜お届けした曲は、ディオンヌ・ワーウィックが
なんとジェイ・グレイドンのプロデュースでカバーしております。
でもやっぱりオリジナルの方が良いね。ちなみに
歌っているのはセルジオではありません。
JOE PIZZULOとLEZA MILLERの2人。JOEはセルメンの
お気に入りで、“ボイス・オブ・セルジオメンデス”なる、
異名を持つ程、セルジオのアルバムではフィーチャー
されているシンガーです。
7、BABY COME TO ME/
PATTI AUSTIN & JAMES INGRAM

もろ80年代!!ってデュエットですね。
ジェームス・イングラムも実力派のシンガーですよね。
クインシー作品でもかなりの頻度で登場してます。
パティーはこのアルバムより、70年代にリリースした
アルバムの方が好きかな。彼女の70年代の
アルバムは、バックも凄い!SAY YOU LOVE MEとかも、
ノースウェーブ・フェイバリットなナンバーだね。
8、WATCHING ME, WATCHING YOU/BILL WITHERS

85年のナンバーを。ビルはなかなかの苦労人で、
27歳にして音楽にの道を志し、自動車工場や
ボーイング社で働きながら、自作曲のデモを送り続け、
ようやく日の目を観たのが70年の事。
初のNO.1ヒット「LEAN ON ME」は、911のテロの際にも、
多くの人々を勇気づけましたね。彼について語ると、
長〜くなるのでやめます。
9、WISHING ON A STAR/BEYONCE

本当はBRENDA K.STARのバージョンを掛けたかったの
ですが、見当たらず。ビヨのカバーで。
ちなみにBRENDAは80年代にこの曲をリバイバルヒット
させました。今朝、彼女のCDを探し出して、聞きながら
出掛ける支度して・・・ノースに着いて、いざ聞こう!と
思ったら、CD入ってない(号泣)プレイヤーの中に
置き忘れてきちまいました。よくやります。
ブレンダは当時ソニーの会長だったトミー・モトーラ氏と
マライヤ・キャリーを引き合わせた立役者。
さらにこの曲はオリジナルがROSE ROYCEです。
10、MISSING YOU/DIANA ROSS

ダイアナがデュエット・パートナーだったマービンを
偲んで歌ったナンバー。ソングライトはライオネル・リッチー。
ライオネル・リッチーはコモドアーズ時代にも
「ナイトシフト」というナンバーで、マービンを偲んでおります。
ま、シュープリームスを題材とした映画に出演したビヨの
後にダイアナという、これまた“ちっちゃな”こだわりでした。
意味ないけど。
11、SEXUAL HEELING/MARVIN GAYE

QUIET STORMでこの人を出さずしてどーする?
ってことで、ダイアナのMISSING YOU、CMに続いては
このナンバーで。マービンも話せば長くなるので
またの機会に。
12、SHAKE YOU DOWN/GREGORY ABBOTT

改めて聞くと良いですね。久々に聞きました。
彼は現在、活動休止中。すでに20年近く経過
していますが・・・彼の様なベテランがじっくりと
良いアルバムを作って欲しいものです。
ということで、今夜はほぼ皆さんもラジオの前で
鼻歌って頂けたのではないでしょうか?
私もスタジオで “1人カラオケ” を楽しませて
頂きました。番組スタート45分前には8分程
オーバーしておりましたが、泣きながら2曲削って
58分56秒、CM2分差し引いて56分56秒、
きっちり収めてみました。惜しくも削られた曲は
CHAKAとか、MAZEとか、LUTHERとか、
ORAN JUICE JONESとか、GWEN GUTHRIEとか、
BARRY WHITEも!!
も〜、沢山ございました。お陰でデスクの上は
とんでもない状況になっております。でもね・・・
終わってから数人(3人だけだけど)のスタッフに、
「“今夜は”気持ち良かったぞ」という言葉を頂きました。
最高の褒め言葉です。嬉しいね。リスナーの皆さんに
そう思って頂ければ本当は一番嬉しいのですが。
手前味噌ですみません。
さ、ステドラの仕込みしよっと。
ではまた来週!
先のブログにも書いた通り、ニューヨークの
ラジオ局WBLSの看板番組「QUIET STORM」の
雰囲気で。先日、溜まりに溜まったCDやらを
整理していたら、80年代、ニューヨークに
住んでる友達に送ってもらったカセットテープを発見。
当時はウォークマンで聞きまくっていました。
授業中も制服にしのばせて聞く聞く。
先生に見つかって親が学校に呼び出しくらいましたが。
いわば、私がこの仕事を目指す事となった、
原点の様な番組でもあります。
WBSLで番組がスタートするきっかけともなった曲、
SMORKY ROBINSONの「QUIET STORM」の後、
30秒ほどですが、現「QUIET STORM」のDJ、
Vaughn Harper氏の声もフィーチャーしてみました。
痺れるね〜。この声、実はSkoop On Somebodyの
アルバムにインタールードとしてフィーチャーされているもの。
すみませんね〜、ちっちゃい事にこだわっちゃって。
彼の声が入っているSkoopのアルバム思い出すのに
エラい時間掛かっちまいまして、選曲あがったのは
番組スタート45分前。ま、いいや。
では解説しよう!
1、QUIET STORM/SMORKY ROBINSON

オリジナルバージョンをかけようか、2、3年程前に
リリースされていたモータウン・リミキシーズという
コンピに収録のROY AYERSをフィーチャーした
バージョンにしようか、迷いましたがオリジナルを。
ROY様フィーチャーのバージョンもイイ!
この曲がきっかけとなって、WBSLでは「QUIET STORM」
という番組がスタートしました。今では音楽の“イチ”
ジャンルとしてもQUIET STORMというカテゴリーが
誕生したほど。『QUIET STORM』・・・本当に良いタイトルです。
アメリカのラジオ局では、曲タイトルが番組のタイトルや
ジャンルを指し示す物になる事も少なくなく、
SURFACEというグループの放った「SHOWER ME WITH
YOUR LOVE」という曲に至っては、「QUIET SHOWER」や
「SHOWER〜」なるFMラジオ局も開局した程。
日本と違って、各音楽ジャンルごとにステーションのある
アメリカ。ジャンルとして確立され、番組タイトルや
ステーションの名前に、これらQUIETやSHOWERという
言葉が入ると、常時その手の音楽が聴けるという仕組み。
しまった・・・この番組「UNTITLED」だった。
ジャンルレスで申し訳ありません!!墓穴掘りましたね。
でも比較的、SOULFULな選曲をしているつもりですが・・・
お気に召して頂いてますでしょうか?
2、MYSTERY/ANITA BAKER

QUIET STORMの代表選手アニタ・ベイカー。
このくくりで行くと、SWEET LOVEとか、
CAUGHT UP...とか、RAPTURE...とかが聞きたかったでしょ?
うんうん、おばちゃんもそのつもりだった。しかし!
前述のVaughn Harper氏のインタールードの音が、
どーしてもマイナーコードだもんで、この曲に。
マンハッタン・トランスファーでもお馴染みのナンバーです。
3、ORDINARY PEOPLE/JOHN LEGEND

説明不要!鼻歌って頂けましたか?
4、GREATEST LOVE OF ALL/GEORGE BENSON

ホイットニーの名唱でもお馴染みですが・・・
オリジナルはベンソン。あの!モハメド・アリの伝記映画
「ALI : THE GREATEST」の為に書かれた1曲。
いい曲だよね。ジョン様のORDINARY...の後には、
やっぱりピアノで始まる曲を持って行きたいですな。
例えばSTEVIEとかね。
5、KILLING ME SOFTLY/ROBERTA FLACK

これも説明不要!曲タイトルの通りでございます。
あ、WITH HIS SONGってつけてね。ロバータ大好きだぁ。
ノース開局まもなく、厚生年金会館でライブを拝聴。
その時はバンマスを息子さんが担当していました。
ダニーも掛けたかったんだけどね。
6、NEVER GONNA LET YOU GO/SERGIO MENDES

これは・・・AORにカテゴライズされる曲ですが、
大好き。クルージンの時にもROBERTAから繋げた記憶が。
このアルバムを機に、セルメンはAOR三部作を80年代に
発表。今夜お届けした曲は、ディオンヌ・ワーウィックが
なんとジェイ・グレイドンのプロデュースでカバーしております。
でもやっぱりオリジナルの方が良いね。ちなみに
歌っているのはセルジオではありません。
JOE PIZZULOとLEZA MILLERの2人。JOEはセルメンの
お気に入りで、“ボイス・オブ・セルジオメンデス”なる、
異名を持つ程、セルジオのアルバムではフィーチャー
されているシンガーです。
7、BABY COME TO ME/
PATTI AUSTIN & JAMES INGRAM

もろ80年代!!ってデュエットですね。
ジェームス・イングラムも実力派のシンガーですよね。
クインシー作品でもかなりの頻度で登場してます。
パティーはこのアルバムより、70年代にリリースした
アルバムの方が好きかな。彼女の70年代の
アルバムは、バックも凄い!SAY YOU LOVE MEとかも、
ノースウェーブ・フェイバリットなナンバーだね。
8、WATCHING ME, WATCHING YOU/BILL WITHERS

85年のナンバーを。ビルはなかなかの苦労人で、
27歳にして音楽にの道を志し、自動車工場や
ボーイング社で働きながら、自作曲のデモを送り続け、
ようやく日の目を観たのが70年の事。
初のNO.1ヒット「LEAN ON ME」は、911のテロの際にも、
多くの人々を勇気づけましたね。彼について語ると、
長〜くなるのでやめます。
9、WISHING ON A STAR/BEYONCE

本当はBRENDA K.STARのバージョンを掛けたかったの
ですが、見当たらず。ビヨのカバーで。
ちなみにBRENDAは80年代にこの曲をリバイバルヒット
させました。今朝、彼女のCDを探し出して、聞きながら
出掛ける支度して・・・ノースに着いて、いざ聞こう!と
思ったら、CD入ってない(号泣)プレイヤーの中に
置き忘れてきちまいました。よくやります。
ブレンダは当時ソニーの会長だったトミー・モトーラ氏と
マライヤ・キャリーを引き合わせた立役者。
さらにこの曲はオリジナルがROSE ROYCEです。
10、MISSING YOU/DIANA ROSS

ダイアナがデュエット・パートナーだったマービンを
偲んで歌ったナンバー。ソングライトはライオネル・リッチー。
ライオネル・リッチーはコモドアーズ時代にも
「ナイトシフト」というナンバーで、マービンを偲んでおります。
ま、シュープリームスを題材とした映画に出演したビヨの
後にダイアナという、これまた“ちっちゃな”こだわりでした。
意味ないけど。
11、SEXUAL HEELING/MARVIN GAYE

QUIET STORMでこの人を出さずしてどーする?
ってことで、ダイアナのMISSING YOU、CMに続いては
このナンバーで。マービンも話せば長くなるので
またの機会に。
12、SHAKE YOU DOWN/GREGORY ABBOTT

改めて聞くと良いですね。久々に聞きました。
彼は現在、活動休止中。すでに20年近く経過
していますが・・・彼の様なベテランがじっくりと
良いアルバムを作って欲しいものです。
ということで、今夜はほぼ皆さんもラジオの前で
鼻歌って頂けたのではないでしょうか?
私もスタジオで “1人カラオケ” を楽しませて
頂きました。番組スタート45分前には8分程
オーバーしておりましたが、泣きながら2曲削って
58分56秒、CM2分差し引いて56分56秒、
きっちり収めてみました。惜しくも削られた曲は
CHAKAとか、MAZEとか、LUTHERとか、
ORAN JUICE JONESとか、GWEN GUTHRIEとか、
BARRY WHITEも!!
も〜、沢山ございました。お陰でデスクの上は
とんでもない状況になっております。でもね・・・
終わってから数人(3人だけだけど)のスタッフに、
「“今夜は”気持ち良かったぞ」という言葉を頂きました。
最高の褒め言葉です。嬉しいね。リスナーの皆さんに
そう思って頂ければ本当は一番嬉しいのですが。
手前味噌ですみません。
さ、ステドラの仕込みしよっと。
ではまた来週!
06月14日 22:20 45分前
たった今、選曲終了。
58分56秒の番組なのに、あれもこれもと
突っ込んでたら、8分オーバー。さぁ、何を削るか。
今日は仕事の合間に2時間ばかり、ニューヨークの
WBLSというラジオ局のサイト観ながら遊んでしまった。
そう、このWBLSは “あの” QUIET STORMという番組を
看板に持つラジオ局。
ということで・・・
あと40分後に始まる今夜の「UNTITLED」は
QUIET STORMな雰囲気で。
したっけ。
58分56秒の番組なのに、あれもこれもと
突っ込んでたら、8分オーバー。さぁ、何を削るか。
今日は仕事の合間に2時間ばかり、ニューヨークの
WBLSというラジオ局のサイト観ながら遊んでしまった。
そう、このWBLSは “あの” QUIET STORMという番組を
看板に持つラジオ局。
ということで・・・
あと40分後に始まる今夜の「UNTITLED」は
QUIET STORMな雰囲気で。
したっけ。
06月08日 02:07 音楽って・・・
先程、ブログをアップしたばかりですが、
リスナーの方から嬉しいメッセージを2、3頂いたので
調子に乗って、ステドラの仕込みそっちのけで
これ書いてます。
音楽って、本当に不思議なもので、
一瞬にしてその曲を初めて聞いた時の事、
交わしていた会話、一緒にその時居た人、
漂っていた香りまでをも思い出す事が出来ます。
曲聞いて感動して泣いたり、素直に良い曲だなと
思ったり・・・FMってそういう時間を演出出来ると
思います。好きな曲だけ掛けててもダメだし、
偏ったり偏見持っても作れない。
先週のアジアン・リゾート大会は、まさに
そんな感じ。この曲、ノースでかけるの
私くらいだよなぁ・・・なんて事を思いながら、
摩訶不思議な妖しいアジアの魅力というか、
タイの番組で感じたエキゾチックな風景を音に
してみました。
クルージングルーブという番組をやっていた頃、
あるリスナーの方からのメッセージで、
「毎日違うディレクターが選曲してるんですよね?」
というのがありました。確かに当時はロックから
ポップスからソウル、R&B、ヒップホップ、ジャズ、
オリエンタル、テクノ、ハウス、ラテン、ボサノバ、
いろいろと掛けていたもんね。たまに邦楽も
入れたりして。
そう思って頂けて、素直に嬉しかった事を
思い出しました。
「どーだっ!!こんなに曲知ってんだぞ!!」
という事ではなく、その日の天気や出来事や
もちろん、個人的な思いやバイオリズムもかなり
影響するけど、FMだから産み出せる時間というか、
空間はあるはず。せっかく掛ける曲を1分、2分で
切る様な事は出来ないものね。
4月からスタートして、本当にじみ〜にお送りして
いますが、まだまだ掛けたい曲は沢山あるし、
私がただ聞いていないだけの、知らない良い曲も
それこそ膨大。それ考えただけで楽しくもあり、
苦しくもあり。
沢山のメッセージを頂く番組ではありませんが、
何となくこの時間に、ラジオつけて酒飲みながら、
気持ちよくなって頂ける事を願いつつ・・・。
ブログには本当に超個人的な曲やアーティストに
対する思いを書いていますが、1曲でも引っ掛かる、
心に残るものがあれば、実際にアルバムを手に
取って頂ければと思います。そんな意味も含め、
ジャケット写真をアップしてます。
(すげー時間掛かるけど)
毎週生放送、私の方がスタジオで1人酒飲みてー
と思いながらやってるかも。お茶かコーヒーで
我慢してるけど。いつかはスタジオに酒持ち込むな、私。
なんかクサい事、書いちゃった。
リスナーの方から嬉しいメッセージを2、3頂いたので
調子に乗って、ステドラの仕込みそっちのけで
これ書いてます。
音楽って、本当に不思議なもので、
一瞬にしてその曲を初めて聞いた時の事、
交わしていた会話、一緒にその時居た人、
漂っていた香りまでをも思い出す事が出来ます。
曲聞いて感動して泣いたり、素直に良い曲だなと
思ったり・・・FMってそういう時間を演出出来ると
思います。好きな曲だけ掛けててもダメだし、
偏ったり偏見持っても作れない。
先週のアジアン・リゾート大会は、まさに
そんな感じ。この曲、ノースでかけるの
私くらいだよなぁ・・・なんて事を思いながら、
摩訶不思議な妖しいアジアの魅力というか、
タイの番組で感じたエキゾチックな風景を音に
してみました。
クルージングルーブという番組をやっていた頃、
あるリスナーの方からのメッセージで、
「毎日違うディレクターが選曲してるんですよね?」
というのがありました。確かに当時はロックから
ポップスからソウル、R&B、ヒップホップ、ジャズ、
オリエンタル、テクノ、ハウス、ラテン、ボサノバ、
いろいろと掛けていたもんね。たまに邦楽も
入れたりして。
そう思って頂けて、素直に嬉しかった事を
思い出しました。
「どーだっ!!こんなに曲知ってんだぞ!!」
という事ではなく、その日の天気や出来事や
もちろん、個人的な思いやバイオリズムもかなり
影響するけど、FMだから産み出せる時間というか、
空間はあるはず。せっかく掛ける曲を1分、2分で
切る様な事は出来ないものね。
4月からスタートして、本当にじみ〜にお送りして
いますが、まだまだ掛けたい曲は沢山あるし、
私がただ聞いていないだけの、知らない良い曲も
それこそ膨大。それ考えただけで楽しくもあり、
苦しくもあり。
沢山のメッセージを頂く番組ではありませんが、
何となくこの時間に、ラジオつけて酒飲みながら、
気持ちよくなって頂ける事を願いつつ・・・。
ブログには本当に超個人的な曲やアーティストに
対する思いを書いていますが、1曲でも引っ掛かる、
心に残るものがあれば、実際にアルバムを手に
取って頂ければと思います。そんな意味も含め、
ジャケット写真をアップしてます。
(すげー時間掛かるけど)
毎週生放送、私の方がスタジオで1人酒飲みてー
と思いながらやってるかも。お茶かコーヒーで
我慢してるけど。いつかはスタジオに酒持ち込むな、私。
なんかクサい事、書いちゃった。
Jさん、Mちゃん、Sさん、いつもメッセージ有り難う。
お酒より効いた。
感謝を込めて・・・
06月08日 01:15 解説しよう!
今夜は特にテーマなし。この2、3日で何気なく頭に浮かび、鼻歌ってた曲を
お届けします。(どんな選曲の仕方なんでせうか?)
1、OPEN YOUR EYES/ ERIC ROBERSON

ジル・スコットやミュージック等、
(ということは、“A TOUCH OF JAZZ” 絡みですね)に
曲提供するなど、ソングライター兼キーボーディスト兼
シンガーでもあるERICが、自身のサイトでのみ、
リリースしていた最新アルバム「LEFT」より。
スティービーが大好きなんだろうなぁ・・・と、
思わせるナンバーを。スティービー嫌いな人はいないか。
本当はこの曲との愛称もばっちりかと思われる
スティービーの曲を続けようかとも思ったけど、
メアリーのこの曲の方が良い感じかと・・・。
2、IN THE MEANTIME/MARY J. BLIGE

メアリーが過去に経験した辛い出来事を振り返って、
「もうドラマはいらない」と、歌い上げた1枚、
アルバム「NO MORE DRAMA」より。
この曲好きなんだよね〜。『これから先の人生で、
あなたを襲うかもしれない困難から、私は喜んで
あなたを救い出してあげる。』そんな事、なかなか
言えねー(失礼)、言えないよね〜。1人になった時、
誰が足下を照らしてくれるか・・・恋に悩み、苦しんで
いる方は必聴の1枚。
3、IF YOU LOVE ME/BROWNSTONE

本当に彼女達の解散は惜しい!90年代には
あれだけいた女性グループも今やほとんど・・・
大人の女性ボーカルグループとして、もっと
アルバム聞きたかったなぁ・・・。
もっともっと良いグループになってたと思うんだけど。
4、THINKING OF YOU/VICTOR FIELDS

アメリカのアーバンチャートやコンテンポラリー・ジャズ・
チャートでは常連のシンガーですが、最近作の
タイトル・トラックを。“レジーナ”というその筋では
(コンテンポラリー・ジャズ界って意味ね)有名な
レーベルからリリースされた通算4枚目。
今作はほとんどがカバーで、なんとアルバムの
冒頭を飾るのはBILL WITHERSのLOVELY DAY。
この曲ではジェフ・ローバーが参加してます。
でもって今夜掛けた曲ではVINCE LARSがSAXで参加。
思わずジョージ・マイケルのケアレス・ウィスパーに
持って行ってしまいそうになる、“ちょい”演歌な一曲
ですが、次にこの曲を掛けたかったので・・・。
5、SUPERSTRA/WIND BENEATH MY WINGS
/FREDDIE JACKSON

ルーサー・トリビュートの前々前夜祭に選んだこちらは、
とにかくフレディーのルーサーに対する思いが、
BETTE MIDLERの「WIND BENEATH...」の歌詞と共に
綴られております。しかも曲の最後!
“I MISS YOU LUTHER, I REALLY, REALLY MISS YOU”
という一言はグッと来ます。
6、RIBBON IN THE SKY/STEVIE WONDER

フレディーの曲、「WIND BENEATH MY WNGS」に
引っ掛けて、空にリボンを結んでみました。
何て美しいメロディーなんでしょうか。
7、END OF THE ROAD MEDLEY (LIVE)
/GLADYS KNIGHT

説明不要。あたくし、この曲はちょっとやそっとの事では
掛けません。11分40秒しっかりと掛けられる時だけね。
曲中、グラディスのMCの中にもソウル・ミュージックの
先駆者達、モータウンのアーティストへの敬意を込めた
言葉が聞かれましたが・・・グラディス、あなたも音楽界の
至宝ですっ。
8、SIMPLE THINGS/ELISABETH WITHERS

ノースウェーブ先月の洋楽メガプレイアーティスト。
彼女のアルバムを初めて聞いた時、
「グラディスの声質によく似てるなぁ〜」と感じたナンバーを。
歌詞もかわいい。シンプルって言葉の本当の意味は
きっとこの曲の歌詞に歌われている事だと感じた次第。
アルバム買って読んでね。
9、COLOURFUL WORLD/CECEWINANS

ここ最近はゴスペル重視のアルバムが多かった
CECEですが、今後の方向性の模索が感じられる1枚。
今夜は先のELISABETH WITHERSのSIMPLE THINGSと
歌詞繋がりというか、小さな小さな幸せという感じで
聞いて頂けたら幸い。ちなみにこのアルバムの3曲目、
「PRAY」では甥っ子のマリオ・ワイナンズが手掛けてます。
10、MAKE IT REAL/THE JETS

CMを挟んでコロッと曲調変えてみました。
これも今週、鼻歌ってた1曲。JETSはこの曲派と
YOU GOT IT ALL派に分かれるのでは?
JETSはミネソタ州ミネアポリス出身の8人組で、
兄弟姉妹によるファミリーグループ。
最近はファミリーグループも少なくなってしまいました。
彼等のご両親はトンガ出身だそーです。
10、WHEN YOU LOVE SOMEONE
/ANITA BAKER & JAMES INGRAM

この曲は1995年の映画「彼と彼女の第二章」の
サントラにのみ収められていたデュエット。
「絶対そーだよな〜。」と思って調べると、やはり
プロデュースはデヴィッド・フォスターでした。
ということで、ラストはデヴィッド歌っちゃったデュオで。
11、BEST OF ME
/DAVID FOSTER WITH OLIVIA NEW-TON JOHN

オリヴィアとのデュオ。これもそこそこヒットしたと記憶。
ということで、今週の鼻歌はおしまい。
ふとした時に、沢山の曲が頭の中でグルグルと・・・
いろんなきっかけで良い曲・好きな曲を思い出す
今日この頃です。
ではまた来週。
06月01日 02:08 解説しよう!
いやいや、本日の選曲はかなりオーソドックス
でしたね〜。というか、あまり何も考えずに
作ってしまいました。本当はキースとか
アレックスとか、80年代後半〜90年代前半の
R&Bでまとめよう!いや、ノーマン・ブラウンの
新譜かけたいから、アメリカのコンテンポラリー・
チャート、スムースジャズ系meetsボーカルもので
まとめよう!と、頭の中ではあーだこーだ考えては
いたのですが、組んで行くと次々路線変更。
ま、流れのままに・・・な感じとなりました。
ということで!今夜の選曲でございますが・・・
1、OFFICIAL/JAHAH

アメリカはジョージア州出身のシンガー/ジャーハ。
日本デビューアルバム「MAMAS ONLY SON」より、
キースの「MERRY GO ROUND」をサンプリングした
ナンバー。すでに本国アメリカでは2枚目のアルバムが
リリースされております。アレステッド・デヴェロップメントや
トライブ・コールド・クエスト等とも活動を共にしてきた実力派。
但し!“21世紀のマービン・ゲイ”というキャッチはどーかな。
2、MERRY GO ROUND/KEITH SWEAT

彼も息の長いシンガーの1人ですね。
JAHAHを聞いていたら、やっぱりオリジナルも久々に
聞きたくなったぞ!ということで、テンポ無視の連続プレイ。
ジェラルド・レヴァートやジョニー・ギルと共に、ユニット
「LSG」を結成。「LSG」としても成功を収め、
プロデューサーとしても、Kut KloseやSilkを手掛け、
また俳優としても活動するなど、マルチな才能を発揮して
おります。そろそろ今のR&Bを踏まえた新譜が聞きたいね。
3、NEVER KNEW LOVE LIKE THIS
/ALEXANDER O'NEAL feat. CHERRELLE

87年リリースのアルバムより。
一番脂の乗った時期の1枚と言えるのでは
ないでしょうか?「フライトタイム」というバンドで
リードシンガーを務めていたアレックス、このバンドには
あの!ジャム&ルイスもいたわけですが、こんな凄い
バンドをレコード業界が放っておくわけがありません。
しかも彼等に目をつけたのが、誰あろうプリンス!
ところがプリンスの提示した条件とアレックスの条件とが
合わず、ソロへと転向。「フライトタイム」はその後、
「タイム」という名前で81年にデビューし、
ヒットを飛ばす事に。
誰よりもアレックスの才能を認めていたフライトタイム時代の
盟友ジャム&ルイスも、これまたプリンスとケンカ別れと
あいなり、これ以降の2人の活躍は、もうここでグダグダと
説明する必要はありませんね、プロデューサーユニットとして
ジャネットの「コントロール」を手掛け、スーパー・
プロデューサーとして君臨。さらに87年、アレックスの今夜
ご紹介のアルバムを手掛け、プリンスを拒否した男と
プリンスにクビにされた男2人は、強力タッグを組む事と
なります。
4、LOVE WILL FIND A WAY/LIONEL RICHIE

彼のアルバムの中でも一番好きなアルバムかも。
83年リリースのソロ2NDアルバムより。
あの「HELLO」が収められたグラミー受賞作ですが、
この曲を。ちなみにこの曲は90年代にラムゼイ・ルイスも
自身のアルバム「SKY ISLANDS」でカバー。こちらは確か、
イブ・コーネリアスの女性ボーカルバージョンでお楽しみ
頂けます。しかもピアノはもちろんラムゼイなので、
ライオネルのオリジナルバージョンよりも、タイトで
カッコいいかも・・・。コンポーザー受けのいい、
フュージョン系のアーティストに好まれる、1曲と
言えるでしょう。歌声もいいけど、これはバックに
耳が行きます。
5、EVERY LITTLE THING/NORMAN BROWN

1970年ルイジアナ州カンザスシティ育ち。
8歳の時にギターを手にし、ジミヘンやウェス・モンゴメリー、
ジョージ・ベンソン等に影響を受け、高校卒業と同時に
プロとしてロイ・エアーズといったアーティストと活動を
共にし、モータウンの誘いで初リーダー作をリリース。
(その後、ワーナーに移籍しています。)
そんな彼の最新アルバム「STAY WITH ME」より。
6、DON'T WANT TO BE A FOOL/JONATHAN BUTLER

ジャズ、フュージョン系アーティストによる、ルーサーの
トリビュートアルバム第2弾!「FOREVER, FOR ALWAYS,
FOR LUTHER VOL.2」より。このアルバムはラストに
収められているウィル・ダウニングの「SUPERSTAR」で
確実に泣けます。6月末の「UNTITLED」は1時間まるまる
ルーサーに捧げますので、その時に掛けます!
ルーサーでお聞きになりたいナンバーがございましたら、
今のうちにリクエスト&メッセージへ書き込んで下さいまし。
2週連続でやろっかな・・・。
“ルーサー逝く”の第一報は、ちょうど2年前、
ステーションドライブ・サタデーの番組中の事。
午後3時以降のステドラは、独断で全曲ルーサーに
差し替えました。その前に担当していたDJナオミとの番組、
「ナイトライン」でも病床のルーサーとバリー・ホワイトの復活を
願って、「ぐわんばれ!ルーサー・バンドロス&バリー・ホワイト」
という特集も組んだのですが、願い叶わず、音楽史に残る
アーティストは二人とも天に召されてしまいました。
この仕事をあとどれくらい続けられるかは分かりませんが、
番組の中で偉大なアーティスト、大好きなアーティストの
訃報をお伝えするというのは、辛いものです。
7、MOODY'S MOOD/GEORGE BENSON

「GIVE ME THE NIGHT」収録のグラミー受賞作より。
もうこの「MOODY'S MOOD」は大・大・大好き。
JAMES MOODYが好きだという理由もありますが、
曲のもつ “たおやかさ” とでも言いましょうか、適度に
ラフな、肩の力が抜けた雰囲気!この曲は決して
歌い上げては行けない曲だと思います。
アメリカン・アイドルのシーズン5でファイナリストに残り、
優勝は逃したものの、先頃アルバムデビューを果たした
エリオット・ヤミンがこの曲を番組で披露。選曲の駆け引き、
選曲いかんで残れるか残れないかが決まるあの番組で、
エリオット君は自分の声質やキャラを活かした、
ナイスな選曲しましたね。
これをホテルのラウンジとかで、しれっと好きな人が
歌ったりなんかしたら・・・例え好きな人でなくても
『おっけー!』と言ってしまいます。
話しがそれましたが、ジョージ・ベンソンはこの曲で
グラミーのジャズ・ボーカル部門獲得。
8、IT WAS YOU/FRANK MCCOMB

なんと1年程前に、通販限定でリリースされていた
自主制作盤が、この程、日本独自の改訂盤でリリース!
ここ最近はR&B、HIPHOP寄りのアルバムをリリース
していたフランクですが、このアルバムはジャズ・
フュージョンシーンでまずはその才能が認められた彼の
原点ともいえる1枚。買いの1枚!
9、AGAIN/JOHN LEGEND

ジョン様の最新アルバムより。
この曲と「ANOTHER AGAIN」が個人的には好きです。
FRANKからのピアノ繋がりで・・・。
10、HOW WILL I KNOW
/STEVIE WONDER feat. AISHA MORRIS

可愛いアイシャも大きくなりました。
最新アルバム「A TIME TO LOVE」」より。
この曲、実はベンソンの後に持って来ようと思って
いたのだけれど、本番中に気が変わって、何となく
ここに持って来てしまいました。う〜ん、どうなんだ・・・
ジョン様の後じゃない方が良かったかも。反省
11、HEAVEN'S GIRL
/QUINCY JONES feat. R.KELLY & RONALD ISLEY...

アルバム「Q'S JOOK JOINT」より。
このアルバムも一家に一枚!2、3年程前に
出版されたクインシーの自叙伝も是非ご一読を。

12、FOR THE LOVE OF YOU/CANDY DULFER

ISLEYのカバー。11曲目でロナルド・アイズレーの
声聞いてたら、ラストはここに落ち着きました。
オリジナル掛ければいいじゃん!という声も聞こえて
きそうですが、今夜は全体的にフュージョンな香り漂う
夜だったので、あえてカバーを。
ということで、また来週。
でしたね〜。というか、あまり何も考えずに
作ってしまいました。本当はキースとか
アレックスとか、80年代後半〜90年代前半の
R&Bでまとめよう!いや、ノーマン・ブラウンの
新譜かけたいから、アメリカのコンテンポラリー・
チャート、スムースジャズ系meetsボーカルもので
まとめよう!と、頭の中ではあーだこーだ考えては
いたのですが、組んで行くと次々路線変更。
ま、流れのままに・・・な感じとなりました。
ということで!今夜の選曲でございますが・・・
1、OFFICIAL/JAHAH

アメリカはジョージア州出身のシンガー/ジャーハ。
日本デビューアルバム「MAMAS ONLY SON」より、
キースの「MERRY GO ROUND」をサンプリングした
ナンバー。すでに本国アメリカでは2枚目のアルバムが
リリースされております。アレステッド・デヴェロップメントや
トライブ・コールド・クエスト等とも活動を共にしてきた実力派。
但し!“21世紀のマービン・ゲイ”というキャッチはどーかな。
2、MERRY GO ROUND/KEITH SWEAT

彼も息の長いシンガーの1人ですね。
JAHAHを聞いていたら、やっぱりオリジナルも久々に
聞きたくなったぞ!ということで、テンポ無視の連続プレイ。
ジェラルド・レヴァートやジョニー・ギルと共に、ユニット
「LSG」を結成。「LSG」としても成功を収め、
プロデューサーとしても、Kut KloseやSilkを手掛け、
また俳優としても活動するなど、マルチな才能を発揮して
おります。そろそろ今のR&Bを踏まえた新譜が聞きたいね。
3、NEVER KNEW LOVE LIKE THIS
/ALEXANDER O'NEAL feat. CHERRELLE

87年リリースのアルバムより。
一番脂の乗った時期の1枚と言えるのでは
ないでしょうか?「フライトタイム」というバンドで
リードシンガーを務めていたアレックス、このバンドには
あの!ジャム&ルイスもいたわけですが、こんな凄い
バンドをレコード業界が放っておくわけがありません。
しかも彼等に目をつけたのが、誰あろうプリンス!
ところがプリンスの提示した条件とアレックスの条件とが
合わず、ソロへと転向。「フライトタイム」はその後、
「タイム」という名前で81年にデビューし、
ヒットを飛ばす事に。
誰よりもアレックスの才能を認めていたフライトタイム時代の
盟友ジャム&ルイスも、これまたプリンスとケンカ別れと
あいなり、これ以降の2人の活躍は、もうここでグダグダと
説明する必要はありませんね、プロデューサーユニットとして
ジャネットの「コントロール」を手掛け、スーパー・
プロデューサーとして君臨。さらに87年、アレックスの今夜
ご紹介のアルバムを手掛け、プリンスを拒否した男と
プリンスにクビにされた男2人は、強力タッグを組む事と
なります。
4、LOVE WILL FIND A WAY/LIONEL RICHIE

彼のアルバムの中でも一番好きなアルバムかも。
83年リリースのソロ2NDアルバムより。
あの「HELLO」が収められたグラミー受賞作ですが、
この曲を。ちなみにこの曲は90年代にラムゼイ・ルイスも
自身のアルバム「SKY ISLANDS」でカバー。こちらは確か、
イブ・コーネリアスの女性ボーカルバージョンでお楽しみ
頂けます。しかもピアノはもちろんラムゼイなので、
ライオネルのオリジナルバージョンよりも、タイトで
カッコいいかも・・・。コンポーザー受けのいい、
フュージョン系のアーティストに好まれる、1曲と
言えるでしょう。歌声もいいけど、これはバックに
耳が行きます。
5、EVERY LITTLE THING/NORMAN BROWN

1970年ルイジアナ州カンザスシティ育ち。
8歳の時にギターを手にし、ジミヘンやウェス・モンゴメリー、
ジョージ・ベンソン等に影響を受け、高校卒業と同時に
プロとしてロイ・エアーズといったアーティストと活動を
共にし、モータウンの誘いで初リーダー作をリリース。
(その後、ワーナーに移籍しています。)
そんな彼の最新アルバム「STAY WITH ME」より。
6、DON'T WANT TO BE A FOOL/JONATHAN BUTLER

ジャズ、フュージョン系アーティストによる、ルーサーの
トリビュートアルバム第2弾!「FOREVER, FOR ALWAYS,
FOR LUTHER VOL.2」より。このアルバムはラストに
収められているウィル・ダウニングの「SUPERSTAR」で
確実に泣けます。6月末の「UNTITLED」は1時間まるまる
ルーサーに捧げますので、その時に掛けます!
ルーサーでお聞きになりたいナンバーがございましたら、
今のうちにリクエスト&メッセージへ書き込んで下さいまし。
2週連続でやろっかな・・・。
“ルーサー逝く”の第一報は、ちょうど2年前、
ステーションドライブ・サタデーの番組中の事。
午後3時以降のステドラは、独断で全曲ルーサーに
差し替えました。その前に担当していたDJナオミとの番組、
「ナイトライン」でも病床のルーサーとバリー・ホワイトの復活を
願って、「ぐわんばれ!ルーサー・バンドロス&バリー・ホワイト」
という特集も組んだのですが、願い叶わず、音楽史に残る
アーティストは二人とも天に召されてしまいました。
この仕事をあとどれくらい続けられるかは分かりませんが、
番組の中で偉大なアーティスト、大好きなアーティストの
訃報をお伝えするというのは、辛いものです。
7、MOODY'S MOOD/GEORGE BENSON

「GIVE ME THE NIGHT」収録のグラミー受賞作より。
もうこの「MOODY'S MOOD」は大・大・大好き。
JAMES MOODYが好きだという理由もありますが、
曲のもつ “たおやかさ” とでも言いましょうか、適度に
ラフな、肩の力が抜けた雰囲気!この曲は決して
歌い上げては行けない曲だと思います。
アメリカン・アイドルのシーズン5でファイナリストに残り、
優勝は逃したものの、先頃アルバムデビューを果たした
エリオット・ヤミンがこの曲を番組で披露。選曲の駆け引き、
選曲いかんで残れるか残れないかが決まるあの番組で、
エリオット君は自分の声質やキャラを活かした、
ナイスな選曲しましたね。
これをホテルのラウンジとかで、しれっと好きな人が
歌ったりなんかしたら・・・例え好きな人でなくても
『おっけー!』と言ってしまいます。
話しがそれましたが、ジョージ・ベンソンはこの曲で
グラミーのジャズ・ボーカル部門獲得。
8、IT WAS YOU/FRANK MCCOMB

なんと1年程前に、通販限定でリリースされていた
自主制作盤が、この程、日本独自の改訂盤でリリース!
ここ最近はR&B、HIPHOP寄りのアルバムをリリース
していたフランクですが、このアルバムはジャズ・
フュージョンシーンでまずはその才能が認められた彼の
原点ともいえる1枚。買いの1枚!
9、AGAIN/JOHN LEGEND

ジョン様の最新アルバムより。
この曲と「ANOTHER AGAIN」が個人的には好きです。
FRANKからのピアノ繋がりで・・・。
10、HOW WILL I KNOW
/STEVIE WONDER feat. AISHA MORRIS

可愛いアイシャも大きくなりました。
最新アルバム「A TIME TO LOVE」」より。
この曲、実はベンソンの後に持って来ようと思って
いたのだけれど、本番中に気が変わって、何となく
ここに持って来てしまいました。う〜ん、どうなんだ・・・
ジョン様の後じゃない方が良かったかも。反省
11、HEAVEN'S GIRL
/QUINCY JONES feat. R.KELLY & RONALD ISLEY...

アルバム「Q'S JOOK JOINT」より。
このアルバムも一家に一枚!2、3年程前に
出版されたクインシーの自叙伝も是非ご一読を。

12、FOR THE LOVE OF YOU/CANDY DULFER

ISLEYのカバー。11曲目でロナルド・アイズレーの
声聞いてたら、ラストはここに落ち着きました。
オリジナル掛ければいいじゃん!という声も聞こえて
きそうですが、今夜は全体的にフュージョンな香り漂う
夜だったので、あえてカバーを。
ということで、また来週。
05月25日 00:51 解説しよう!
ということで・・今夜はマイタイもう1杯な気分に
浸って頂けましたでしょうか?
あたくしは1人Bスタジオで、お茶をすすりながら、
取材で訪れた、そして最長でも12時間しか
滞在する事の出来なかった素敵なタイの
ホテルに思いを馳せつつ、お送りして参りました。
アジアン・リゾートな選曲、モロッコや今注目の
ドバイのイメージから、アンダマン海の真珠と称される
島々のお洒落なリゾートの旅、大人はただボーっと
海を観ながら、本でも読みたいもんですな。
1、DREAMIN' /KUH

フィリピンのSADEと称されるKUH(クー)の、
99年リリースのアルバム「PRECIOUS」より。
一聴して分かる通り、RAMSEY LEWISの
「SUN GODDES」をモチーフとしたナンバーを。
SAXはジェラルド・アルブライト。
2、SUN GODDES/RAMSEY LEWIS

あ〜かっこいい。
EARTH, WIND & FIRE名義でもお馴染みですね。
EARTHのライブ・バージョンでは、オーディエンスが
この曲を熱唱!全く同じ光景が、数年前の
&BEYONDでも繰り広げられ、おばちゃんは
感動した思い出が・・・天気の良い日中から深夜まで、
本当にかっちょいい。
3、KHUSARA KHUSARA/RAFAT MISSO &
HOSSAM RAMZY
4、SHOROUM' ALLAH/F.B.&JOE RAPINO

ごめんなさい!この2組のアーティストに関しては、
おばちゃんも全く分かりません。再度調べて
後程アップします。このコンピはタイで購入。
これまでにシリーズ5作がリリースされていますが、
面白いコンピです。アマゾンでも購入可能。
5、DESERT ROSE/STING feat. CHEB MAMI

フィーチャーされているCHEB MAMIというシンガーは、
アルジェリアの「ライ」という民族音楽を継承する1人。
国民的シンガーと御紹介しても良いでしょう。
女性の様な声ですが、男性です。
国内・外のアーティストとも精力的にコラボレーションを
行い、彼自身も様々なアーティストとのデュオを収めた
アルバムをリリースしています。彼の歌声を聞くと、
水タバコとか、バター茶とか、コンデンスミルクたっぷりの
激甘コーヒーが頂きたくなりますな。
6、HEAVEN IS HERE/ALEENTA ORIGINAL CD
7、GREEN HORIZON/ALEENTA ORIGINAL CD
こちらは今回のタイ取材で滞在したタイ・ホアヒンの
ホリスティック・リゾート「ALEENTA」のオリジナルCD
ということで、情報は全くなし!ジャケ写は後程・・・。
8、CLOSER/GOAPELE

2004年リリースのアルバム「EVEN CLOSER」より。
これは輸入盤で購入。まさか日本盤が出るとは
思ってもみませんでしたが・・・ジャケは輸入盤の方が
雰囲気あってお洒落です。アメリカはオークランド出身の
シンガーで、当初このアルバムは3000枚限定でリリース。
しかし、サンフランシスコのFMステーション「KMEL」で
5週連続OA回数1位を獲得。その後、ニューヨークの
FM局でもその人気に火が点き、なんとインディーながら、
アルバムは10万枚以上もの売上を記録。
独特の浮遊感がイイ感じです。
9、MATTER OF TIME/KEM

2003年に“あの!”モータウンから次世代のソウルシーンを
担う1人としてデビュー。低音になると、アル・ジャロウの
歌声にそっくり!絶対にアル・ジャロウが好きなんだろうな・・・
と思って、アメリカの公式サイトを覗いてみると、やはり
尊敬するシンガーの1人として、アル・ジャロウの名前が
挙げられておりました。
10、OM MATTEN/KAYO

アフリカ系スウェーデン人のモデル 兼 女優 兼 シンガーの
カヨ、93年リリースのデビューアルバム「KARLEKSLAND」より。
この曲は邦題が「静かな夜」。このタイトル通り、リゾートで
聞きたい1曲です。シタールって良いよね〜。またカヨは
ジャケでもお分かりの様に、本当に美人!!個人的に
すごーく好きな顔立ちです。こんな顔に産まれたかったぞ・・・。
歌声もハスキーで良い!!
11、BABY, SET ME FREE/ROY AYERS

本当に私はROY様好きですね〜。
これはROY様の最近作(といっても、リリースは95年ですが)
の中でもピカイチのナンバー。曲中にもありましたが、
JAMES MOODYも参加の1曲です。
JAMES MOODYの「MOODY MOODS FOR LOVE」も
いつか掛けようとデスクの上には置いてあるのですが・・・。
12、THERE'S NOTHING LIKE THIS/OMAR

さぁ、この曲をアナログでお持ちの方は、どうぞ大切に!
東京ではこの曲の12インチ、飛んでもない値段で
売られていました。91年の名曲です。
冒頭の歌詞の通り、夕暮れ時のビーチで冷えたシャンパン!
ということで、アジアン・リゾートの最後は飲んだくれて
おしまい。今日はこの前のブログでインセンスかアロマ・
キャンドルに火を灯して聞いとくれ!なんて書きましたが、
前半の曲でインセンスやキャンドルだと、妖しい占い師の
館っぽいかもしれませんね。ま、いっか。
ではまた来週。
浸って頂けましたでしょうか?
あたくしは1人Bスタジオで、お茶をすすりながら、
取材で訪れた、そして最長でも12時間しか
滞在する事の出来なかった素敵なタイの
ホテルに思いを馳せつつ、お送りして参りました。
アジアン・リゾートな選曲、モロッコや今注目の
ドバイのイメージから、アンダマン海の真珠と称される
島々のお洒落なリゾートの旅、大人はただボーっと
海を観ながら、本でも読みたいもんですな。
1、DREAMIN' /KUH

フィリピンのSADEと称されるKUH(クー)の、
99年リリースのアルバム「PRECIOUS」より。
一聴して分かる通り、RAMSEY LEWISの
「SUN GODDES」をモチーフとしたナンバーを。
SAXはジェラルド・アルブライト。
2、SUN GODDES/RAMSEY LEWIS

あ〜かっこいい。
EARTH, WIND & FIRE名義でもお馴染みですね。
EARTHのライブ・バージョンでは、オーディエンスが
この曲を熱唱!全く同じ光景が、数年前の
&BEYONDでも繰り広げられ、おばちゃんは
感動した思い出が・・・天気の良い日中から深夜まで、
本当にかっちょいい。
3、KHUSARA KHUSARA/RAFAT MISSO &
HOSSAM RAMZY
4、SHOROUM' ALLAH/F.B.&JOE RAPINO

ごめんなさい!この2組のアーティストに関しては、
おばちゃんも全く分かりません。再度調べて
後程アップします。このコンピはタイで購入。
これまでにシリーズ5作がリリースされていますが、
面白いコンピです。アマゾンでも購入可能。
5、DESERT ROSE/STING feat. CHEB MAMI

フィーチャーされているCHEB MAMIというシンガーは、
アルジェリアの「ライ」という民族音楽を継承する1人。
国民的シンガーと御紹介しても良いでしょう。
女性の様な声ですが、男性です。
国内・外のアーティストとも精力的にコラボレーションを
行い、彼自身も様々なアーティストとのデュオを収めた
アルバムをリリースしています。彼の歌声を聞くと、
水タバコとか、バター茶とか、コンデンスミルクたっぷりの
激甘コーヒーが頂きたくなりますな。
6、HEAVEN IS HERE/ALEENTA ORIGINAL CD
7、GREEN HORIZON/ALEENTA ORIGINAL CD
こちらは今回のタイ取材で滞在したタイ・ホアヒンの
ホリスティック・リゾート「ALEENTA」のオリジナルCD
ということで、情報は全くなし!ジャケ写は後程・・・。
8、CLOSER/GOAPELE

2004年リリースのアルバム「EVEN CLOSER」より。
これは輸入盤で購入。まさか日本盤が出るとは
思ってもみませんでしたが・・・ジャケは輸入盤の方が
雰囲気あってお洒落です。アメリカはオークランド出身の
シンガーで、当初このアルバムは3000枚限定でリリース。
しかし、サンフランシスコのFMステーション「KMEL」で
5週連続OA回数1位を獲得。その後、ニューヨークの
FM局でもその人気に火が点き、なんとインディーながら、
アルバムは10万枚以上もの売上を記録。
独特の浮遊感がイイ感じです。
9、MATTER OF TIME/KEM

2003年に“あの!”モータウンから次世代のソウルシーンを
担う1人としてデビュー。低音になると、アル・ジャロウの
歌声にそっくり!絶対にアル・ジャロウが好きなんだろうな・・・
と思って、アメリカの公式サイトを覗いてみると、やはり
尊敬するシンガーの1人として、アル・ジャロウの名前が
挙げられておりました。
10、OM MATTEN/KAYO

アフリカ系スウェーデン人のモデル 兼 女優 兼 シンガーの
カヨ、93年リリースのデビューアルバム「KARLEKSLAND」より。
この曲は邦題が「静かな夜」。このタイトル通り、リゾートで
聞きたい1曲です。シタールって良いよね〜。またカヨは
ジャケでもお分かりの様に、本当に美人!!個人的に
すごーく好きな顔立ちです。こんな顔に産まれたかったぞ・・・。
歌声もハスキーで良い!!
11、BABY, SET ME FREE/ROY AYERS

本当に私はROY様好きですね〜。
これはROY様の最近作(といっても、リリースは95年ですが)
の中でもピカイチのナンバー。曲中にもありましたが、
JAMES MOODYも参加の1曲です。
JAMES MOODYの「MOODY MOODS FOR LOVE」も
いつか掛けようとデスクの上には置いてあるのですが・・・。
12、THERE'S NOTHING LIKE THIS/OMAR

さぁ、この曲をアナログでお持ちの方は、どうぞ大切に!
東京ではこの曲の12インチ、飛んでもない値段で
売られていました。91年の名曲です。
冒頭の歌詞の通り、夕暮れ時のビーチで冷えたシャンパン!
ということで、アジアン・リゾートの最後は飲んだくれて
おしまい。今日はこの前のブログでインセンスかアロマ・
キャンドルに火を灯して聞いとくれ!なんて書きましたが、
前半の曲でインセンスやキャンドルだと、妖しい占い師の
館っぽいかもしれませんね。ま、いっか。
ではまた来週。

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